第3話 先輩のお悩み相談室
自分は凡人だ。
「……ということなんです。天見先輩」
「ふーん? 転校生が見れない、ねぇ」
放課後になってシノブはオカルト部に顔を出していた。オカルト的な視点から見てどう思うか聞きたいというのもあるが本命は違う。
線の細い眼鏡に鋭い目つき、真っすぐに垂れた長い黒髪の美人。オカルト部部長、
もちろん恋愛的な意味合いではない。天見は国立大を推薦で受けるほどの天才だ。その知見を借りたかった。
天見に相談すればだいたいのことは解決する。変人なので乗り気にさせる必要はあるが差し入れ一つで大抵の場合は引き受けてくれる。解決しなかったのはヨーコ先生の婚活くらいだ。評判が良くオカルト部なのに相談ばかりが舞い込んでくる。
実際、オカルト部らしい活動はほとんどしていない。もはやオカルト部ではなくお悩み相談室である。
お悩み解決人、天見はやれやれと首を振った。
「シノブくん。気になる子が直視できないなんて赤裸々に告白されても困るなぁ」
「話聞いてました!?」
「冗談よ冗談。でも冗談みたいな症状だよねー」
くすくすと笑う天見にシノブは苦い顔をする。こういう人を小馬鹿にして遊ぶところがあるからシノブはいまいち天見のことを好きになれない。シノブが購買で買っておいたお菓子の差し入れをつまみながら天見は質問した。
「うーん。人が見えないね……シノブくんは相貌失認とかあったりする?」
「なんですか、そーぼーしつにん? て」
「簡単に言うと人の顔を判別できないことかな」
「人の顔覚えるのは苦手ですけど判別できないとかでは」
「まぁ、そうだよねー。そういう気配なかったし」
うんうんとうなづく天見に思ったよりちゃんと相談に乗ってもらえたなとシノブは安堵した。めんどくさがると天見は相手を騙して納得させることがある。信頼を失いそうなものだが、うまいこと騙すものだからむしろ騙された人ほど心酔する具合だ。
本当に恐ろしい人だシノブは常々思う。
天見はシノブの顔をがしと掴んでシノブの目を覗き込む。キスでもするのかというくらい距離が近い。天見の知的なまなざしは煌めいて綺麗だ。ふわりとシャンプーの香りがしてシノブは顔が熱くなるのを感じた。
「ちょ、先輩!? 何を!?」
「瞳孔を見てるだけ……うん。白内障とかでもなさそう」
「あ、ああ。そういう……」
ちょっとがっかりしている己にシノブはしっかりしろと心の内で叱責した。
いくら美人でも相手はあの天見永依。お相手が凡人ではあまり分不相応だろう。あと単純にこの人と付き合うのは苦労しそうだ。
天見が離れるとシノブはぱたぱたと手で顔を仰ぐ。妙に喉が渇いて、バックから水筒を取り出して喉を鳴らして飲んだ。腕組みをする天見の胸元につい視線が向いてしまいそうになるのをこらえてシノブはそっぽを向いた。
そんなシノブの様子に気づいたのか、天見はわざと視界に入ろうとしてくる。本当に嫌な先輩だ。
げんなりしてきたシノブに天見は診断結果を伝えた。
「うん。わかんないや」
「ああ、はい。そうですか……相談に乗ってもらって、ありがとうございました。それじゃ」
「こらこら。どこ行くのさ」
さっさと退散しようとするシノブの襟を天見は掴んだ。ぐいと引っ張られて、うぐと喉が詰まる。シノブは恨めし気に天見に視線を送った。
「な、何すんですか。ひどいなぁ」
「ひどいのはシノブくんのほうじゃないかな? こんなもやもやしたまま終わらせられちゃたまったもんじゃないよ」
「それは悪かったとは思いますけど……僕の方がたまったもんじゃないですよ。同じクラスなのに見えない相手がいるんですよ? ぶつかるんじゃないかと思うとろくに教室も歩けない」
実際、シノブは明日からの生活に不安しかなかった。肩が触れてしまった程度ならいいが、真正面からぶつかって転ばせたりはたまた変な場所に肘が当たったりしたらと考えると恐怖しかない。
天見は相槌を打ちながらニコニコと笑っていた。
「うんうん。じゃあ早いところ解決したいと思うよね?」
「まぁ、それはそうですけど」
「じゃあ解決しようよ。わたしが一緒に原因を探ってあげるから」
「ええ……」
「何かしらその反応は?」
「いや、別に……」
シノブはだんだん作り笑いが剥がれていた。
確かに自分より賢い協力がいるに越したことはない。だがそれが天見である必要はないのだ。天才の行動は凡人には理解し難い行動をとることが多い。不安要素が増えるだけだ。それならリョウやヒカリのほうがまだ信頼できる。
不満げに天見は唇を尖らせた。
「せっかく美人な先輩が協力してくれるんだから、もっと嬉しそうにしてよ」
「いや、いやいや。先輩の手を煩わせるほどでは」
「たった今、相談受けたでしょ。すでに迷惑かけてるんだから最後まで迷惑かけて欲しいなぁ」
いいことを言っているようだがシノブには分かる。天見の目にはおもしろそうという文字が見え隠れてしていると。伊達に一年も同じ部活で活動していない。コレは安易に受け入れてはいけないパターンだ。
「でも、ですね」
「……協力して欲しいって言わないと転校生ちゃんにうっかり話しちゃうかも」
「協力して欲しいです天見先輩!」
おい脅迫して来たぞこの人。
相談相手を間違えたとシノブが気づいたときには時はすでに遅い。悩みの種は根を張って、いくつもの芽を出しているようだった。
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