第3話 0% 0% 0% からの~

 僕が手を握られた直後、横から蹴っていた男が物凄い勢いで弾き跳ばされた!

 校舎の壁にのめりこんで、足があらぬ方向に曲がっている……

 やったのはアベルクス先生だ。


「いでえ!いでええええ!!!」


 悶絶する男、いやあれは痛いとかいうレベルじゃないぞ?

 慌ててやってきたのはあの男を従えてるっぽい、確かCクラスだった生徒だ。


「私の従者のジャックがどうかいたしましたか!」

「無礼者! あやつは聖女ソフィーのプロポーズを受けた者を蹴っていたのだ、万死に値する」

「いや、ジャックは警備をしていただけで」

「正式な警備ではなかろう、単に元Cクラスの生徒であるカインが従者のジャックを使って虐めていただけではないか」


 頭から血まみれのジャックとやらがようやく助け出され他の者から回復魔法を受けているが、

 あの足は治るのに時間かかりそうだ。


「あの、ミスト様?」


 あ、目の前の聖女様を忘れてた!

 っていうか本当に聖女様か? 幻影魔法か何かじゃないのか?


「あ、は、はいっ、ミスト=ポークレット、準男爵家の長男で、十四歳です!」

「存じ上げておりますわ、これからよろしくお願いしますね」

「は、はひっ?!」


 ど、どどどどど、どういうことだ???

 ええっと整理しよう、僕は確かに儀式として、記念にと首席卒業の聖女ソフィー様にプロポーズした、

 それを聖女ソフィー様が了承した? ばかな!

 徹夜明けで見ている夢か? とまわりをきょろきょろ見回す、

 これで無数のソフィー様がいて全員の告白を受けてたらまだわかるんだけど……

 隣のアレグとメイソンもびっくりしている。


「皆よ、拍手で祝福せよ!」


 アベルクス先生の声にぱらぱらと拍手、

 みんなも信じられないみたいだ、うん、僕も信じられない。


「ソフィーお姉様、良かったですわね」


 ベルル様もいつのまにか来ていた、

 ソフィーは頭を撫でて応える、仲の良い姉妹みたいだ。


「さて、カイン=セレナールさん、私の夫となる方に何をなさったかわかってますね?」

「い、いや私はその、こ、こいつが、ジャックが勝手に……!」

「そ、そんなぼっちゃん! 俺は言われた通りにアイツに……」


 あいつ花壇に上がってるからシメてこい、とでも言われたんだろうか?


「二本か一本、選んでいただきましょうか」

「えっ?!」

「その従者ジャックの両足を差し出すか、それとも貴方、カインの片足を差し出すか」


 差し出すって……?


「ソフィー様、お許しください!」

「……と言いたい所ですが、私はまだ準男爵家の婚約者です、それ以上でも以下でもありません、ですので」

「じゃ、じゃあ」

「我がポークレット家がカインの伯爵家と同等以上の地位に上がったとき、改めて選択を迫りましょう」

「お許しください! この通りです!」


 必死に頭を繰り返し下げるカインに構わず、顔を僕の方へ向けるソフィー様。


「では私は嫁入りの準備がありますので明日朝、学院の正門前でお会いしましょう」

「は、はいいいいぃぃぃ」


 校舎の方へ去って行こうとする三人に声をかける一団が。


「ベルル様! お受けにならないのですか!」

「ベルル=ヴェルカーク様! 首席卒業の儀式は」

「どうか、どうかベルル様、この私に告白の機会を!」


 あっそうか、ベルル様もこのイベントをする資格があるんだ。


「いいえ、わたしくはもうすでに心に決めた方がおりますの、

 気が向いたら後日、そのお方とここで行いますわ、ごきげんよう」


 三人ともさっさと行ってしまった……

 中庭からも人が去っていく、何人かは遠巻きに僕を見てるけど……

 あ、足がヤバいジャックとかいうのが運ばれて行った、そしてアレグとメイソンがようやく僕に声をかける。


「いっ、いったい何をしたんだ? 実は裏でつきあってたのか?」

「魔法か! アイテムか! どんな卑怯で汚い事をしたんだ! 言え!」

「い、いやそんな掴まなくても! 僕だって信じられないよ! 

 告白受けてもらえるのなんて三人揃って0% 0% 0%だと思ってたし!」


 とりあえずこれ以上ここに居ても何もないので、と寮に向かう僕たち、

 そこそこの距離を歩いて着いたのは貧乏な準男爵にふさわしい賃料なしのボロい館だ、

 他の少しお金を払う寮だとメイドさんも居たりするのだがいかんせん無料、従者もいない僕らは何から何まで自分でしなきゃいけない、

 玄関まで来ると何の動物のだかわからない糞が落ちてたりする、

 この掃除をするのも当然僕たちだ、アレグが道具を持ってきてくれた。


「なあミスト、これからどうするんだ?」

「どうするって、どうしよう」

「いやいや連れて帰るんだろ! どうやって連れて帰るんだよ!」


 メイソンに言われて気が付いた。


「そういえば僕、自分の片道の帰り賃しかない」


 行きはボロい乗り合い馬車を乗りついで銀貨二十枚で何とか来られた、

 三年間一度も帰省せず過ごし、今なんとか手元にある銀貨十八枚でどう帰ろうか悩んでたくらいだ、

 でもあんな聖女様を連れて帰るとなると、どうすればいいんだろう?


「アレグどうしよ、どうしたらいいと思う?」

「あの聖女様って確か嫁入りだと服しか持ってこれないんだよな?

 だから出してもらう事は無理か、メイソンはどう思う」

「ソフィー様って上位の治癒魔法とか使えるんじゃない? それで稼いでもらってからとか」


 さっそく嫁を仕事に出す、かぁ……

 まだ婚約者なのに、って本当に婚約者なのか?!


「嫁を貰うっていう以上、僕が一緒の帰り賃を用意しないとまずいとは思うんだけど……だけど……」


 寮のまわりを綺麗にしたあと屋敷に入る、いっそこの中で金目になりそうなものは、

 と思ったがソファーとかテーブルとかそもそも拾ってきた物だ、元からあったのは朽ちてたからな、

 灯りや温水を作るのに使う魔石(魔力が切れたら同学年の子にお情けで注入してもらう)は装備品だし、

 そこそこ綺麗だった食器類も備品だったから今夜最後の食事が終わったら洗って残しておかないといけない。


「じゃあ俺たちは飯を作ってやるから、ミスト、お前はどうするか考えてろ」

「あ、ありがとう」


 いつもは僕アレグ僕メイソン僕アレグ僕メイソンの順番で作ってて今日は僕の番なのにありがたい、

 と音がギイギイ鳴りまくる自室の扉を開けて入りくつろぐ、明日朝には出て行くので綺麗なものだ、荷造りはほとんど終わっている、

 持って帰る荷物が意外と多いのは教科書とか授業で作ったお金のかからないお土産とかがあるからなんだけど……


(とんでもないお土産ができちゃったなあ、まだ信じられないけど)


 聖女様たちは今どこで何をしているんだろうか、

 彼女たちは今頃たくさんの人に囲まれて卒業記念パーティーとかしていそうだ、

 Sクラスとかあのあたりの生徒の住居エリアは近づく事さえできないというか、行く用が無い。


(聖女様を持って帰る方法……荷造り……荷物……そうだ!)


 料理中の二人を邪魔しないようにこっそり出かけた先は焼却炉、

 そこでたまに仕事をさせてもらったゼベットおじいさんに声をかける。


「こんばんわー」

「おうミストじゃねーか、今日卒業だったな」

「はい、お世話になりました、明日帰るんですがその……あれ、貰って良いですか?」


 僕が指したのは人ひとり丁度入るサイズの木の箱、いや本来の用途は聞かないで!

 蓋とか底とか結構ボロボロだけどまあ、落としたりしなければ大丈夫、かな?


「これか? 解体して燃やそうと思ってたんだがいいぞ、だが夜はもうそんなに寒くねえぞ?」

「いえいいんです、ありがとうございます! お元気で!」


 時間をかけて引きずり、寮まで戻ると料理はすでに出来上がっていた。


「おかえ……なんだそりゃ」

「ミスト、誰かやっちまったのか?」

「いやこれ空だから! 空っぽだから! ってすごい美味しそうな匂いするけど?」


 テーブルの上には僕らにしては豪華な料理だ。


「最後の夜だから残った食材全部使ったぜ」

「あと来週、お前の十五歳の誕生日だろ? そのお祝いさ」

「あ……あ、ありがとう!!」


 やっぱり持つべきものは友達だなあ。


「さあ食おうぜ」

「その前にちゃんと手を洗えよ!」

「う、うん、そうだ、食べ終わった食器は僕が全部洗うよ!」


 楽しい夕食、今までこの寮で一番楽しかった夕食だと思う、

 アレグは北の方でまだくすぶっている戦争に関連した仕事があるらしい、

 メイソンは大切な大好きな妹のために準男爵家を男爵家にしたい、そのため色々頑張るらしい、

 僕は僕で家に帰ったら色々大変だ、無くしたものも多いけど戻って色々とここで学んだ事を還元しなきゃ。


「そうだ、アレグ、メイソン、ちょっと我儘言って良いかな、お願いが」

「なんだ?言うだけ言ってみろ」

「珍しいな、俺たちで力になれるなら喜んで」


 しばしの沈黙ののち、水を一杯飲んでから、言ってみる。


「銀貨一枚ずつ貸して」

「無理」

「ない」


 ですよねー……


  友達に借金をお願いして断られた 

   だめ貴族だもの。 ミスト

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