あの日の君を道連れに

三咲みき

プロローグ

救いはこない

 僕のすぐそばを手をつないだ親子が通り過ぎる。「今日の晩御飯なにー?」と幼い声が聞こえた。自分もそれくらいの歳の頃、帰り道に母と手を繋ぎながら夕飯のメニューをよく訊いたものだ。


 あの頃はよかった。父さんは怖かったし、習い事も嫌だったけど、毎日楽しく過ごしていた。大きな悩みもなかったし、痛みもなかった。自分にはどんな未来が待っているのか、想像もつかなくて、いつまでも無邪気でいられた。


 カンカンと踏切が鳴って数十秒後、電車が勢いよく通り過ぎた。そばにいる僕のことなんかお構いなしに。


 膝を抱えるようにしてうずくまった。顔を膝の間に埋めると嫌でもあの声が頭の中で蘇ってくる。


『お前が余計なことをするからだ。お前のせいで、大切な先輩が死んだぞ』


 この言葉が耳元にこびりついて離れない。


 どうしてこんなことになってしまったんだろう。僕が先輩に相談したりなんかしなければ。あいつの言うことを聞かなければ。そもそもあんなことをしなければ。


 取り返しのつかないことをしてしまった。僕が先輩を殺したようなものだ。あんなに良い人を巻き込む必要はこれっぽっちもなかった。


 動くことのできないこの場所で、永遠ともよべる時間が過ぎていく。僕の声は誰にも届かないし、救いはこない。終わらない孤独と後悔が、僕の首を緩く永遠に締め付け続ける。


「ごめんなさい………、ごめんなさい………」


 もう何度泣いたかわからない。涙は地面に吸い込まれていった。


『……さん』


 すべてが幻想であったなら、どんなに良かったか。でもこれは間違いなく現実で、やってしまったことは元に戻らない。


『………さん』


 遠くから声が聞こえる。道の先を見ると、こちらに向かって走ってくる一人の影。あれは現実か。それとも救いを求めるあまり、僕の心が見せた幻か。


 膝をさらに強く抱え込み、周りの音をシャットアウトするように、再び顔を膝の間に埋めた。


 もしも自分の名を呼ぶ声が幻であったなら、その声が届かないところへ行きたい。何も聞きたくない。


 もしも現実であったなら、誰でもいい。この地獄から救い出してくれるのなら、今すぐにその手を掴みたい。

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