第54話

レクネン殿下が王妃に対して塩対応をしているという話を聞いてはいたけれど、見舞いの場での会話を宰相から聞いたハリエットは大きなため息を吐き出した。


「殿下は十六歳ですもの、思春期といえば親に対してそんな対応を取るのも当たり前とも言えるでしょうけれど、タイミングが悪過ぎたというか、王妃も殿下の塩には慣れていなかったというか・・・なんというか・・・」


 親子間のこじれは異世界であろうと何処でも存在するものだ。


 急激に大人の階段を駆け上っている殿下にとっては、母親なんて存在はそこら辺に転がっている小石も同然とも言えるのだろうけれど、あまりに心ない対応に王妃は酷く傷つく事になったのだという。


「それでですね、王妃様より、ハリエット様から殿下のご様子を直接聞きたいという事でありまして、茶会の招待状を持参した次第となりますが・・・」


 この国の宰相は王妃の実家となるヴァルストロム公爵家の分家の次男という事になるのだけれど、その秀才ぶりが過ぎるが故に、王妃を抑えて中立の立場を保ち続け、巧妙に貴族間のバランスをとり続けてきた苦労人という印象の人でもある。


「まあ、まあ、わざわざ宰相様自らがお手紙を持って来てくださるなんて」


 まだ正式に婚約者となっていないにも関わらず、王太子の宮で寝起きをしているハリエットは王宮では異質な存在に映るだろう。


「ヴァルストロム公爵家としては、私のような者よりも、公爵家の令嬢をレクネン殿下の伴侶として決めたいのでしょう?王妃とお茶会をするのは問題ないのですが、そこで暗殺騒ぎとなるとちょっと困るのですけど〜」


 何度も暗殺騒ぎがあった王妃の宮の護衛の数は倍くらいには増えているという話は聞いているけれど、近衛が裏切った事もある状況で、わざわざ出向いて何かあったとしたら大変な事になるのは間違いない。


「私がちょっと怪我でもしようものなら、殿下は、それはもう大騒ぎされるでしょうね?ようやっと王宮内も落ち着いて来たという中で、それもそれでどうなんでしょうと思ってしまうのですけれど?」


「であるのなら、王妃様をこの宮へ招待されては如何でしょうか?」


 宰相は白髪の疲れ果てたようにしか見えないおじさんなのだが、随分と勝手な事を言い出した為、ハリエットは呆れ顔を宰相に見せた。


「正式な離宮の住人にもなっていない私が王妃様を招待するのですか?」


「準備は侍女頭筆頭に丸任せで大丈夫です、公の茶会ではなく個人的なお茶会を秘密裏に行うだけですから何の問題もないですし、ハリエット様が無駄に移動しない方が殿下のお心の安寧にも繋がりますから」


「はあ・・・そうですか・・・」


 考えてみれば、なし崩し的にハリエットがレクネン殿下の婚約者となれるように書類の申請が進められているような状態となる。もしも、本当に、推しと結婚する事になるのなら、推しの母とは仲良くしておいた方が良いのではないだろうか?


 そう考えたハリエットは、

「それでは、満足な対応は出来ない事をご承知の上でいらっしゃるのであれば、王妃様をこの宮へお招き致したいと思いますわ!」

と答えて笑みを浮かべたのだった。



        ◇◇◇



 国王であるマグナスが王妃ペルニアに宵の宮で出会えたのは完全なる偶然だった。亡き母の月命日であり、母が最後を迎えた離宮に花を手向けに行ったところ、ペルニアと偶然顔を合わせる事になったのだった。


 憔悴した様子の王妃を放置する事は到底できなかったマグナスは、付き添いの侍従に茶を用意するように命じで、宵の宮のサロンに王妃をエスコートする事にしたのだった。


 今まで幕に覆われてしまったような視界や思考が鮮明となり、はっきりと見える明瞭な世界で改めて王妃ペルニアの姿を見下ろしてみれば、ここまで痩せていただろうかと心配になる程、手足が細くなっている事に気がついた。


 暗い表情を浮かべながらも、ポツポツと彼女が話し出したのは息子であるレクネンの事であり、母親として失格であった自分に絶望し、今まで抱えていた仕事を取り上げられた事により、自分がすでに用無しなのではないかと焦燥感ばかりが募っていくのだと彼女が告白したのだった。


 魅了の力の所為とはいえ、うつけの状態が長かったが故に、いらぬ苦労を王妃にはかけ続けた後悔がマグナス自身にも重くのしかかる。

 王妃が母として失格なのであれば、マグナスは父として大失格が良いところ。


 今更親として何か言える立場ではないのは承知の上だけれど・・・


「ペルニア、君に余力があるようだったら、一度、ハリエット嬢と直接話してみたらどうだろうか?」

「えええ?」


「レクネンは自分自身の意思でハリエット嬢を選んだのだろう?報告書には目を通してみたが、彼女が優れた素質を持っているという事を誰もが同様に進言していた。であるのなら、王妃の目から見て、母親の目から見てもいいんだけど、彼女がどんな娘だったのか観察してきて僕に報告をしてくれないかな?」


「私がわざわざ貴方に報告しなくちゃいけないんですか?」

「ほら、毒杯を賜るまでは僕もある程度は暇だろう?だったらその暇な間に、魅了を受けた間では知る事もできなかったレクネンの様子や、息子が選んだ女性の事を、僅かであっても知りたいと思うんだよ」


 毒杯の部分を耳にして、形の良いペルニアの眉がハの字に下がる。


「それでは、ハリエット嬢と一対一でお茶会をしてみましょうか」

「一応、レクネンには断りを入れておいた方がいいし、仲介には宰相を利用した方がいいよ?」

「何故そんな事を言うのですか?」

「やってみたら分かるから」


 そう言ってペルニアを送り出すと、その三日後にはハリエット嬢とのお茶会を開く事が決定し、お茶会後は興奮した様子でペルニアがマグナスの元まで戻って来たのだった。


 曰く、

「あの娘ったら私の事をお母さんって言うんですのよ?息子の事を少し話ただけで、お母さんは間違っていないんです、共働きの弊害が出ただけなんですから、なんて言い出すんですよ」

ペルニアは頬を紅潮させたまま早口となって、

「親の姿を見て子供は育つものなんです、だから、あれほど殿下は真っ直ぐに育ったのですね?お母様の姿を見ていたからこそ、今のレクネンが居るのだってあの娘は言うんですよ」

扇をパタパタ仰ぎながら言い出した。


「それじゃあ、ハリエット嬢の事は気に入ったのかい?」

「それはもちろん」


 ペルニアは、カトレアの花が咲き誇るような笑みをその美しい顔に浮かべたのだった。カトレアの花言葉は『優美な貴婦人』『成熟した大人の魅力』、彼女は花の魅力をそのまま体現しているのに他ならない。その美しい妻の姿を満足げに王は見つめ続けたのだった。

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