第50話

「従弟殿よ、君が言うフィリッパという娘の父親がここに居る帝国の間諜なのだよ」


 ピンクブロンドの髪の毛がカールした、公爵と同年齢にも見える壮年の男、領主代理の地位に就くエイナルが、先ほど足を撃たれた男を公爵の前まで連れてくる。


 連れて来られた男の翡翠色の瞳がフレドリカに向けられる事も、フィリッパに向けられる事もなく下を向いたまま固まっている。


「帝国の間諜は我が国を占領する前段階として、魅了の力を持つ子女を男爵家の養女として送り込んできたわけだ。その送り込まれたのがフレドリカ夫人であり、フレドリカ夫人と間諜の間に出来た娘がフィリッパ嬢となる」


「痛い!痛い!やめてよ!」


 公爵から引き離されたフィリッパは腕を掴まれると、竜胆の花のように膨らんだドレスの袖を肩上まで押し上げられる。そこに現れた黒々とした痣と、シャツの袖を引き上げて露出した男の腕の痣が全く同じ形をしていた。


「髪色と瞳の色が同系色ゆえ自分の子と思い込んだのだろうが、この痣の形まで見れば全てを判ずる事が出来ただろう?公爵、貴様は帝国の手先となって我が国を破滅の淵まで引き込んでしまったのだ」


 エルランドが手を挙げると、ホールの扉という扉が開いて、王国軍の兵士が雪崩れ込むように侵入してきた。


 そうして茫然自失で顔を青ざめさせる公爵と公爵夫人、そしてフィリッパをあっという間に拘束してしまうと、熊のような男が何やらエルランドに耳打ちする。


「帝国人どもよ、良く聞け」


 ニヤリと笑ったエルランドは言い出した。


「王族を暗殺しようとしたお前らの仲間は、全員すべからく殺されたそうだ。レクネンは手が速い、侮りすぎだとここで言っておこう」


「帝国軍はどうなったの?」


 縄で縛られたままのフレドリカが髪を振り乱しながら声を上げた。


「国境に八万も集まったのでしょう?エヴォカリ王国は絶体絶命の状態だし、アハティアラ公爵領からも帝国軍を引き込めるように手筈は整えていたはずでしょう?」


「はあ・・」


 フレドリカの必死な様子を見下ろしたエルランドが大きなため息を吐き出し、相手にもしない為、樽のような腹をゆすりながら近づいてきたマンフレットがしゃがみ込み、口髭に埋もれた小さな口をもごもごさせながら言い出した。


「そこにいるイングリッド様が、誘き出した帝国軍人を見事に嵌めて、落とし穴の中に放置した。それで何人もの帝国軍人を捕虜としたのだが、その中からアリヴィアン皇子に反旗を翻そうという奴が何人も現れる事となったのだ。帝国人は皇帝に絶対服従がお約束だから、皇子が皇帝に毒を盛ったかもしれないなんて真実を知ったら、黙ってはいられなかったんだろうな」


 漆黒の髪の毛をポリポリと掻きながらマンフレットは真っ青な顔の3人に親切にわかりやすく説明した。


「皇子を裏切る奴が山のように出てきて、とりあえず皇帝からの直接の下知が出るまでは、戦争ごっこをやる事にしたわけだ。結局、回復した皇帝が烈火の如く怒り出し、国境に配備された本隊七万は即座に皇都へ戻る事になった。アリヴィアン皇子はもちろん死刑判決となるだろうな、縄でぐるぐる巻にされて馬車に引っ張られながら皇都に向かったと話には聞いたがね」


「嘘でしょう!嘘でしょう!嘘でしょう!そんなバカな話ないわ!全然ストーリー通りに進んでいないじゃない!」


 マンフレットから説明を受けたフィリッパは思わず怒りの声を上げてしまった。

 これでは良くあるヒロインがギャフンされるバッドエンド直行となるパターンではないか!そんな訳はない!そんな訳は・・・


「ほら!やっぱりフィリッパは前世の記憶持ちだったんだって!ねえ!ねえ!フィリッパは前世なんの職業だったの?やっぱり宇宙飛行士だったとか?レア職だったんじゃないの?」


 突然イングリッドが興奮に満ちた声を上げたため、自分を不幸のどん底に陥れたのが目の前の悪役令嬢だという現実にフィリッパは打ちのめされた。


「私は前職とかないわよ!女子高生よ!女子高生でヒロイン!最高の異世界転生でしょ!なんでこんなことになっちゃっているのよ!私は何もしてない!国を裏切っていないったら!」


「ほら!女子高生だって!宇宙飛行士とかはないって言っただろ!」

「えー〜?絶対レア職で揃えているんだと思ったのに〜!」


 フィリッパは涙ながらに言い出した。


「ギロチンとか嫌!処刑も嫌!絞首刑も嫌!市井に追放か修道院行きにして!お願い!」


 二人は呆れた様子でフィリッパを見下ろすと、

「ええー〜、テンプレ展開通りにたくさん虐めてくれたよね〜?」

と、イングリッドが言い、

「公爵と夫人は完全に死刑執行だろうけど、令嬢は裁判の結果次第だから何とも言えないかも」

とエルランドが言い出した為、項垂れたフレドリカがシクシク泣き出した。


「ああー、それ、魅了の魔法発動中の合図だからね」


 金色の瞳に金冠を浮かび上がらせたイングリッドが言い出したため、実の娘を見上げた公爵がギクリとした様子で固まった。


 今まで娘とも思わず放置し続けてきた娘が祝福持ちで、唯一、この世界にいる自分の娘という事になるのだが・・・

「悪いけど、おじさん、今更『我が娘よ〜』とか言い出しても無駄だから」

あっさりとイングリッドに言われて、公爵が意気消沈したのは言うまでもない。

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