第37話

「エッベ、堂にいった誘導ぶりだったな」


 落とし穴に蓋をしてきたエッべは男爵家の分家の三男だ。日の目を見ない三男が無理やり国を裏切る行為に加担し続けていたのだが、いつかは都合の良いように使うだけの本家を裏切り、目にもの見せてやると狙っていたところ、チャンスが訪れたという事になる。


 公爵家の令嬢は父親である当主とは訣別をしたようで、アハティアラが生き残るため起死回生を測るため執事を連れて領地まで戻って来たという。

 到着した執事は親族と打ち合わせをした後、帝都へ潜入する為に出発をしているという。


 何がどうなっているのかは分からないが、お嬢様考案の落とし穴は無事に機能した事になる。


生き残りを賭けて帝国の案内役として何人もの若者が名乗りを挙げたが、お嬢様はエッベとバート、そしてデニスという堅物すぎて男爵や子爵から嫌われていた三人だけを選び出したのだった。


「魔鉱石を取引していた際に同席していた軍人が居たので、声をかけて連れ出すのは簡単な事でした。奴ら、王弟とタイマン張らずに出世できる道を模索しているのは元から知っていた事なので」


 王弟エルランドは今のところ、帝国軍を相手にして負け知らずと言ってもいい。王弟の名前は帝国にとっては悪魔も同じ所があり、命を大事にしたいならエヴォカリの王弟とはぶつかり合うなとも言われているらしい。


 今回は前線に多くのパトム人の戦争奴隷が投じられているが、前線に回されれば奴隷と共に死ぬのは決定。だとしたら、公爵領の街を落とす方に身を投じたいと考える奴は山のように国境の向こう側には居るわけだ。


「言って頂ければいつでもまた向こう側に潜入して、帝国の部隊をお連れしますよ」


 エッベはイングリッドに向かって爽やかな笑顔で言い切った。


 部隊を連れ出すのも命懸けだが、落とし穴に誘導する際には、乾いた草に隠れた柱の上を一直線に歩かなければならない。一歩踏み外せば落とし穴に落下するのは自分であり、落ちたが最後、穴に落ちた帝国兵に酷い殺され方をする事になるだろう。


 それでもいい、祖国や公爵領に住む人々を裏切り続けるくらいなら、何度でも落とし穴の上を歩いてやる。例えそれで死んだとしても後悔はない、それが男爵家の分家で三男の生き様だと考えていた。


「ああ、そうだな」


 エッべの覚悟などとっくに理解しているような様子の令嬢はニヤリと笑うと言い出した。


「明後日の夕方にはもう一度、帝国兵を誘導して来てもらう事になるだろう。落とし穴の使用は5回が限度だと思っている。それまでにはアリヴィアン皇子を裏切る帝国兵が出て来るだろう」


「帝国兵が裏切るのですか?」


「そりゃそうさ、帝国はつい最近まで継承者争いでゴタゴタしているような状態だったんだぞ?結局は第一皇子が皇帝の後を継いで終わりになるだろうと思っていたら、ポッと出のアリヴィアン皇子が名乗りをあげたんだ。アリヴィアン皇子は王国を征服する気満々だろうが、下についている奴らはそうでもない。無理矢理、今回の戦争に連れて来られた奴も居るだろうからな、付け込む隙は山のようにあると考えていいのさ」


「へーー・・そんなものなんですかねぇ・・・」


 相手は公爵令嬢、雲の上のような存在の言う事など理解できるわけがない。

 下がって休めと言われて与えられた天幕に移動したところ、すでにバートもデニスも帰って来ていて、ゴロリと寝転びながら笑い合っていた。


「お前ら、穴に落ちずに済んだんだな」

「そりゃそうさ」

「バランス感覚は良い方だからな」


 バートもデニスも分家の次男三男で、計算できるから使い勝手が良いという理由で使われていただけで、エッべと同じようにいつかは裏切ってやろうと虎視眈々と狙っていた所がある。


「油を撒いてからうちの落とし穴は火をつけなかったんだけど、エッべのところはどうだった?」


「うちも火なんかで燃やさなかった。ただ、油をぶっかけて恐怖心を煽っただけだったな」


「何故油を撒いて火をつけないんだ?焼き殺すものとばかりに思っていたんだが」


「すり鉢状の落とし穴から滑って出て来れないようする為と、恐怖心を煽るためなんだってさ」


 エッべは二人の隣に滑り込むと、ゴロリと寝転びながら天幕の古びた布を見上げていた。


「イングリッド様は敵を殺すつもりはない、捕虜は三万まで確保できるように輜重を運ばせていると言っていた」

「三万!」

「何回落とし穴に落とすつもりだよ?」


 二人の驚きはよく分かる、あの規模の落とし穴であれば、百回、二百回落としてようやっと数が届くという計算になるからだ。


「落とし穴は五回が限度だって言っていたよ」

「はあ?」

「意味がわかんねえ」


 そう、本当に意味がわからない。


 敵が八万でアハティアラ公爵領軍はどうかき集めたって二万が精々、力仕事の工兵が地方からも集まって随分と増えているらしいが、そいつらを戦に利用しようにも剣やら槍やらが到底足らない。


 完全に終わっている状況で、公爵令嬢は絶対に勝てると自信を持っている。

 それがエッべには面白くて仕方がないのだ。


「ああー!そういえば!エッべの落とし穴には公爵令嬢が出向いていたんじゃなかったか?」

「お話とかされたのか?随分と気さくな方だと皆が言うが、我らには見向きもしないだろう?」

「いいや、そんな事はないよ」


 エッべは起き上がって二人を見下ろしながら言い出した。


「次はバート、その次ははデニスの誘導ぶりを見に行くと仰っていた」

「マジかよ!」

「公爵令嬢が俺たちの勇姿をご覧になるわけか?」


 勇姿と言っても、敵を誘き出して上手い具合に落とし穴まで誘導するだけだ。

 かなり難しい作業になると思っていたが、案外、帝国兵はアハティアラの街を蹂躙する事しか考えていなかったりするから、穴に落とすのは簡単なようにエッべには思えるのだった。

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