第27話

 知識の塔は王宮の敷地内にある。

 王立図書館の後方に聳える塔は200年ほど前にチヤカリアの賢者を招き入れた時から増改築を繰り返しているという歴史がある。


 高い塔が連なる構造をしており、一番高い塔で百メートルを超える高さとなる。グロテスクなまでに装飾が過剰であり、その装飾は複雑さが多様性を表していると言われている。


 最新の医療や武器が生み出される、知識の坩堝とも言われる場所であり、鬼才故に祖国を飛び出した変人が集まる場所としても有名だ。


 そんな場所から、

 ドガーンッ!ドガーンッ!

という聞いた事もない破壊音が響き渡ったのだ。


「母上!」

緊張した様子でレクネンが視線を送ると、王妃ペルニアは優雅に扇子を煽りながら、

「ああ、いいのよ。実験をするという報告は来ているから」

と、笑顔を浮かべながら、王妃は息子に冷徹な瞳を向けた。


 足繁く王宮へと足を運んでいたフィリッパが現れない事に安堵をしていたレクネンの元へ、婚約者のすげ替えの話が浮上してきた。


 公爵家の正妻の娘であるイングリッドが母方の叔父となるカルネウス伯爵家の養女となるため、王子の婚約者には後妻の娘となるフィリッパを当てる事とするという。


 夫人が愛人時代に身籠った子供という事でフィリッパは庶子の扱いとなるのだが、国王陛下は特に問題ないと明言をされたという。


 イングリッドを嫉妬させるための当て馬程度でしかなかったフィリッパが、自分の伴侶としてほぼ決定しているような状態だという事態にレクネンは戦慄した



 フィリッパの母フレドリカは国王の恋人だった事もあり、フレドリカの所為で婚約を破棄される寸前にまでいった王妃ペルニアは、フレドリカが公爵夫人となった今でもその存在を認めない。そのため、レクネンは母の元を訪れる事にしたのだった。


「それで?レクネン、貴方は私に何が言いたいわけ?」


 爆発音には全く興味を示さなかった王妃は、冷めた眼差しでレクネンを見つめている。


「母上、私の伴侶はイングリッドしかおりません」

「ふふふ・・・」

「イングリッドの義妹であるフィリッパと私の婚約の話が出ているようですが、私の伴侶はイングリッド以外にはいないのです」

「あははははは」


 扇子で口元を隠した王妃はレクネンの言葉に淑女とは思えぬ笑い声をあげた。


「イングリッドしか居ない?貴方はそのイングリッドを放置して、散々、麗しい蝶を追いかけ回していたじゃない?この前はイングリッドが貴方との面会を求めてわざわざ王宮を訪問したというのに、貴方は事もあろうに義妹のフィリッパと逢引きをして、人の目にも触れるようなガゼボでキスを繰り返していたというじゃない!」


「あれは戯れに過ぎません、私が真実愛するのはイングリッドなのです」

「どの口が言っているのかしら?」


 凍りつきそうなほどのオーラを噴出すると、王妃はつくづく呆れた様子となって、ため息を吐き出した。


「ねえ、レクネン、本来なら王家に生まれた王子は幼少の時に婚約者を決めてしまうのだけれど、何故、貴方には候補のみとするだけで、伴侶となる婚約者を決定しなかったのか分かるかしら?」


 父であるマグナス王も幼少の頃に母と婚約をすることになったのだ。

 成人を過ぎてもレクネンが婚約者候補を置くだけで、正式な婚約を結んでいないのは、歴代の王族としては異例とも言える対応でもある。


「正式な婚約者を置かない事で貴方を自由にするとか、見聞を広めてもらうとか、そんな理由では決してないの。レクネン、貴方がマグナス様の・・マグナス王の血を引いているから、私は今の今まで正式な婚約者を置かなかったのよ」


「な・・なにを・・・」


「ああ、レクナン、実の息子である貴方を親として愛していないとかそういう訳では決してないの。ただ、信用できない、ただそれだけだったのよ」


「信用・・できない・・」


「私はね、幼い時から陛下の婚約者として努力をし続けてきたわ。その陛下が、市井で出会ったとかいう男爵令嬢に夢中となった時の私の気持ちが分かる?婚約破棄寸前にまで至ったのよ?」


 王妃は憎々しげにレクネンを睨みつけると、鼻で笑いながら手にした扇子をテーブルの上に放り出した。


「貴方は本当に陛下によく似ているわ。そんな陛下に似ている貴方に対して、何度も何度も、イングリッドを大事にしなさいと言ったわよね?淑女の中の淑女と呼ばれ、8カ国語を駆使する公爵家の令嬢。これほど、貴方に相応しい令嬢もいないでしょう。その令嬢を貴方が好ましいと思っている気持ちにも気がついていた。だけど、アプローチの仕方を変えろと何度言ったと思っているの?挙げ句の果てには国家存亡の危機だなんて・・・」


 王国の薔薇と称される王妃は、その美しい顔に色濃い影を作ると、鋭い眼差しとなって目の前の息子を見つめたのだった。


「私の母はブロムステン王国の王女、父はヴァルストロム公爵家当主。私は王家に嫁ぐ際に、決してブロムステン王家に反旗を翻さないと約束し、祖国エヴォカリ王国を守る事を父に誓った。王国を守るためならば王家をも切り捨てる覚悟を持ってここにやってきたの」


 王家をも切り捨てる、それは父も自分も切り捨てると断言しているようにレクネンには聞こえた。


 幾ら人払いをしているとはいえ、過激な母の発言にレクネンが顔を青ざめさせると、母は息子の覚悟を求めて口を開いた。


「レクネン、貴方とイングリッドはもう、絶対に結婚など出来ない。貴方はイングリッドを伴侶にしたいと望む前に、まずは自分が生き残る道を模索する必要があったのよ」


 鋭い眼差しは、レクネンを射抜くように細められる。


「貴方は母に付くのか、それとも父に付くのかを今すぐ決めなさい」


 そこから語られる母の言葉は信じられないものばかりで、王太子として執務を行ってきた自分がいかに無能であったのかと突きつけられる事になる。


 そうしてレクネンは、人生を賭けた選択を迫られる事になったのだった。

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