第13話

エルランドが毒で倒れたという事件は、公然の秘密となったものの、その場に居合わせたイングリッドが軽いパニック状態になったという事にして、王妃の指示の元、カルネウス伯爵家でイングリッドは保護される事になった。


 普段はイングリッドの事など視界にも入れない公爵が、伯爵家に対して娘を返して欲しいという訴えを続けているらしい。あれほど美しい令嬢たちを侍らせていたレクネン王子まで、見舞いに行きたいと言い出したのだから驚いた。


 実の父である公爵や、レクネン王子に対しては、色々と思う所もあった為、イングリッドは彼らの訴えは退けて放置する事に決めたのだった。


 毒で倒れて以降、イングリッドと顔を合わせて居なかったエルランドは、王妃に頼みこんで二人だけのお茶会を王妃宮の中庭にセッティングしてもらう事にした。


 イングリッドはレクネン王子の婚約者として、ほぼ、ほぼ決まっているような状態ではあるが、まだ正式な婚約者ではない。そのため、王弟であるエルランドとお茶会をしたとしても、一応のところは問題ないという事になる。


「この度は、お招き頂きまして有難うございます」


 月光を溶かし込んだような美しい銀の髪に、王家の特徴ともいえる金の瞳を持つイングリッドは、かつて公爵家に嫁いだ王女の面立ちにとても似ていると言われている。


 散々、毒味が行われた紅茶とケーキが並べられた後、護衛と侍女が後に下がったのを確認したエルランドは、

「実は俺、異世界転生をする前は自衛官だったんだよ」

と、言い出した為、優雅に紅茶を口にしていたイングリッドは噴き出しそうになったわけだ。


「じ・・じ・・自衛官?」


「十年働いて、体を壊して退役して、その後、即応予備自衛官として籍を置きながら、運送会社で働いていたんだよ。久しぶりに同期で飲み会をやったら飲み過ぎて、アル中疑いで救急車で搬送されて、病院で可愛い看護師さんに点滴をしてもらって。病院から家に歩いて帰ろうと思って歩いていたら、車に轢かれて異世界転生したみたいでさ」


「待って、待って、待って、待って、情報量が多過ぎて理解が追いつかない。元自衛官?普通、異世界転生するのってサラリーマンとかじゃないの?」


「サラリーマンじゃなく、即応予備自衛官として籍を置いたトラックの運転手だよ」

「へーーー!」


 淑女らしさを投げ捨てたイングリッドは、紅茶を片手に呆れ果てたような声を上げた後、花開くような笑顔を浮かべた。


「ちなみに僕は麻薬の売人やっていたんだ」

「は?」


「道端で売って歩いているようなシケた売人じゃないよ?現地に行って、キロ幾らにするか交渉する仲買人っていうのかな。中南米を拠点にして働いていたところ、地元警察の摘発とギャング同士の抗争にぶち当たって、流れ弾に当たって死んじゃったんだよね」


「はい?」


 エルランドの脳みそは宇宙を彷徨った。


「前世、化学系(ケミカル)担当だったから、こっちの麻薬についてもよく分かるんだ。帝国産は鉱物毒を使った混ぜ物が多いから、殿下の場合は、うちの執事が用意した解毒剤がなかったらマジでやばかったと思うもの」


 エルランドはまだ宇宙から戻って来られなかった。


「リンド君は実家が薬師の家系だっていうんだよね?リンド君ってさっき言った執事の事なんだけど、奴が用意する解毒剤はマジパネエの。魔法とかある世界だから、癒しの力が含まれてて〜とかファンタジー説明受けたんだけど、麻薬患者なんかも根治できる代物なんだって」


 エルランドは、まだまだ宇宙を彷徨った。


「リンドの解毒剤があっちの世界にも持って行けたら、中毒患者を治しては麻薬漬けにして、中毒患者を治しては麻薬漬けにしてって事が出来んだよな。ああ、そうしたら、金持ちをドロドロの廃人にしては正気に戻して、金を最大限引っ張る事が出来ると思うのに〜」


「怖い!怖い!怖い!怖いこと言わないでよ!正気と麻薬漬けの負のループ、出来なくって良かった!良かった!お金を引っ張る為に廃人を大量生産しないでよ!」


「だって、こんな世の中が嫌になっちゃう奴は山のようにいるわけで、そこに救済の手なんか伸びやしないんだから仕方なくない?世の中の多くの人が薬で現実逃避したいって考えているんだし?」


「麻薬!だめ!絶対!」


 エルランドは宇宙から即座に帰還を果たした。


「俺の隊でもストレスが溜まり過ぎた反動で、そういう物に手を出した奴がいたの!一回くらいならいいでしょくらいで手を出して、結局、中毒になって除隊、最終的には施設送りになっちゃって、社会復帰も難しいってなっちゃって、そういうのは本当に良くないから!だめ!絶対!」


「日本は値段がアホみたいに高いクセに、粗悪品が横行しているからね〜」


 イングリッドは紅茶を優雅に飲みながら、鈴を転がすように笑う。


「私自身は、生前、親の虐待が凄くって家出からの、拉致からの、そういう関係の人に拾われてからの、底辺から成り上がっての売人だったんでね?薬については、今生でも色々と思うところはありますの」


 おほほほほとか言っているけれど、底辺からの成り上がりの売人が、中南米を拠点にしていて、キロ幾らの交渉を行っていて、警察の摘発とギャングの抗争の最中に流れ弾に当たって死んだというのだから、素性がとにかく恐ろしい。


「あのね、俺は生前、フリーサイトに掲載されている転生者やら悪役令嬢ものの小説を山ほど読んでいたんだけど、君って公爵令嬢だし、王子の婚約者としてほぼ決定だし、通常であれば悪役令嬢ポジションだよね?」


「そうなんだよ!」


 イングリッドは興奮した様子で、前のめりになりながら言い出した。


「僕もフリーサイトに掲載されている転生者や悪役令嬢ものを山ほど読んでいたんだけど、まさに今の状況って『異世界転生やりました』っていう奴だよな?」


「僕っていうと、イングリッド嬢の前世は男?外国人だったの?」

「いや、女で日本人」


 女という事は、僕っ娘属性の麻薬の売人?

 頭が痛くなってきた。


「5ヶ国語いける日本人だったから、重宝されたんだよね」

「イングリッド嬢って今でも8ヶ国語いけるんじゃなかったっけ?」

「錫蘭島言語までイケますわ」

「そんなマイナー言語まで・・・」


 錫蘭島とは、遥か東方に浮かぶ島国の言語という事になる。

 めちゃくちゃマイナーなのは言うまでもない。

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