第10話

 イングリッドは生まれ変わる前、このような形で異世界転生をする前は、麻薬の売人をやっていた。


 街に降りてチマチマ麻薬を売っているような売人ではない。製造元まで出向いて行って、一キロあたりの値段を交渉するような密売人であり、パナマ、ガテマラ、コロンビア、ブラジル、メキシコと、中南米を拠点に活動をしていた。確かな品質の保証と適正な価格の提示が出来るということで、重宝されていたのは間違いない。


 メキシコ、パナマ、ガテマラなどでは、密林の中で麻薬の生成を行っていたりするのだが、ブラジル、メキシコなんかでは、街中の一室で、平気で百キロ単位を生成していたりするわけだ。


 一時期、摘発数が多くなって、マンションでの生成を行う事が少なくなったようだけれど、貧民街(ファベーラ)などでは今でも続けられているんじゃないだろうか?


 材料を揃えさえすれば、化学(ケミカル)系麻薬を生成する事は思ったよりも簡単に出来るのだ。後は、摘発されるかどうかが肝という事になるわけで、それは密林の中でも、街の中でも同じ位の危険度だったりするわけだ。


 ちなみに自然(ナチュラル)系麻薬はアマゾンの密林に広がる畑で作られていたりするのだが、これについては品質にバラツキがあまり出ないので、担当外となっていた。


 やはり化学(ケミカル)系は品質が重要で、うっかり一呼吸で死亡なんて事にならないように、売る側もそれなりに気を遣うことになる。


 なんとか生き残っても廃人じゃつまらない。早々に廃人になってしまっては金を落としてくれなくなる。生かさず殺さずのラインで中毒にするのがプロであり、そうする為には化学(ケミカル)系麻薬の鑑定人の腕が重要になるというわけだ。


 そんな訳で、うっかり死にそうになった奴の対応については、魂に染み付いているレベルのイングリッドとしては、倒れたエルランド殿下を助けるなど簡単な事だ。


 目を覚ましたエルランドのぼんやりとした顔を見下ろしていると、

「イングリッド、きみ、前世の記憶とかあるんじゃないの?」

後から駆けつけて来た王妃の側近と王妃、イングリッドの叔父となる伯爵が話し込んでいる隙に、エルランドが小声となってイングリッドに問いかけてきたのだった。


 その目付きは鋭いもので、こちらの嘘など何もかも見破るような眼差しの中で、ベッドに横たわる王弟の胸の上にイングリッドはほっそりとした手を置いた。


「だったらなんだよ?助けたお礼で亡命でも手伝ってくれるのか?」


イングリッドが小さな声で答えると、丁度、飲み物を用意して部屋へと入ってきた侍女が、愛を囁き合うような二人の姿を見て顔を真っ赤にしたのだが、そんな事に二人が気がつく訳がない。


「亡命?お前、この国から逃げ出すつもりなのか?」

 エルランドの声に気が付いた様子で、顔色が悪い王妃が近づいてくる。


「エルランド・・・」


 王妃はその美しい顔を曇らせると、

「ごめんなさい・・貴方が毒を盛られたのは、どうやら私の所為のようよ」

と言って深々と頭を下げた。


「ここまで帝国の間諜が入り込んでいるとは思いもしなかったの」

「毒を盛ったのは誰だったんですか?」

「私の侍女だったわ」


 3年ほど前から王妃の侍女となったのは子爵家の娘で、よく気が利いて狛鼠のように良く働いていたという。


 父親である子爵が賭け事で大きな借金を抱えることになり、その借金返済のために、王妃の情報を貴族派の人間に売っていたそうで、毒を盛ったのは父親の借金を帳消しにするため。そこまで告白したところで、その侍女は毒を飲み込んで死んだという。

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