第8話

執務室の金庫から麻薬に関する重要な書類を手に入れたイングリッドは、早速王家にこの書類を提出し、アハティアラ公爵家を没落させてしまおうと考えた。すると、執事のリンドロースに泣いて止められる事になったのだ。


「別にこんな公爵家、無くなったところで何の問題もないだろうに?」


 執務机に足を乗せてふんぞり返ったイングリッドが問いかけると、

「歴史ある公爵家は領地も広く、傘下の貴族家の数もそれは多いのでございます」

と、リンドロースは涙ながらに言い出した。


 公爵家の当主や後妻、連れ子が破滅する分には何の問題もないのだが、そうして公爵家が滅びれば、一番割を食うのは領民という事になる。無辜の民がどれだけ苦しむかという事を滔々と語った執事は必死になって懇願した。


「とにかく、一度、カルネウス伯爵に相談してみてはいかがでしょうか?」


 カルネウス伯爵家は母の弟が継いでいる、叔父となる伯爵に公爵家の事を相談するのもどうだろうと考えていたところ、

「カルネウス伯爵は流通事業で成功をしており、アハティアラ公爵家では到底及ばないほどの財力の持ち主です」

と、リンドロースが言い出した。


 所詮、世の中は金次第。

 公爵家が滅びた後に、金持ちの叔父に資金を調達をしてもらって、国外へ逃亡する手筈を整えてもらうのも良いかもしれない。


 そう考えたイングリッドは早速、叔父宛に手紙をしたためたのではあるが、

「これは公爵家が滅びるだけの話ではない、国が滅びるかどうかの話に繋がるので、とにかくお金を持って異国に逃げ出すのだけはちょっと待ちなさい」

という返事が返ってくる事になったのだった。


 アハティアラ公爵家には帝国の間者がすでに入り込んでいると想定して物事を見てみると、イングリッドは呑気に自室の外に出ていて良いような身分ではない事に改めて気がついた。


 もちろん、イングリッドを毒殺しようとした侍女がどうなったのかと、探りがなん度も入ったが(毒を手に入れた恐怖心からの)突然の心神喪失で、意味不明な事ばかりを言うのでリンドローズが退職させる事にしたという事にして、カルネウス伯爵家で匿う事になったのだ。


帝国の人間が相変わらず毒を持った侍女を探しているようだったけれど、同じくらいの年齢の女性の遺体が川に打ち上げられたという記事が新聞に載ってからは、大きな動きを見せなくなったようだと、リンドロースはイングリッドに告げていた。


「アハティアラ公爵だけに留まらず、貴族派の貴族が麻薬に手を出していると?」


 王妃のサロンでさっきから顔を青くしたり、白くしたり、冷や汗をかいたりしていた王弟エルランドは、喉を上下させながら言い出した。


「更には、国王派の筆頭だった公爵が貴族派に寝返ったという事になるのですか?」


 ジュバイル公国との国交をようやっと結ぶ事が出来たところで、自国の貴族が麻薬密売に直接関わっている事実と、貴族派の闇の部分を目の当たりにしたようで、エルランドは気分が悪くなってきた。


「問題はそれだけではないのよ」


 容赦のない様子で王妃ペルニアはエルランドを見ると、続きを話すようにカルネウス伯爵を促した。


「調査の結果、アハティアラ公爵夫人であるフレドリカが長年、愛人関係を続けている男はレスキナ帝国の間諜であり、夫人が産んだフィリッパ嬢は公爵の娘ではなく、帝国人との娘であると判断いたします」


 カルネウス伯爵はイングリッドと同じ銀色の髪色をした壮年の男で、涼しげな瞳をエルランドに向けながら目尻の皺を深くする。


「その男はレックバリー商会の人間という事になっていますが、間違いなく帝国の間諜です。髪色と瞳はアハティアラ公爵と同一、鼻筋と腕にある痣がフィリッパ嬢と同じであり、フレドリカ夫人が愛人時代から肉体関係にあったのは、当時の使用人も証言しております」


「イングリッドが毒で死ねば、公爵家の跡取りを庶子の扱いであるフィリッパにするつもりだったのでしょう?ちなみに、帝国の血を引くフィリッパはレクネンとも親密な関係にあり、先ほどは、イングリッドが訪れると知った上で、庭園のガゼボで接吻を繰り返していたというわ」


「う・・・」


 マグナス王は王弟であるエルランドを嫌っている。次の王位は息子のレクネンに継承させるつもりであるし、息子の邪魔になるのであれば、エルランドを排除するつもりなのは間違いない。そのレクネン王子が王位につけば、時を待たずして王国は帝国の属国となるだろう。


 王妃ペルニアはヴァルストロム公爵の娘であり、王妃の母はブロムステン王国の王女。隣国ブロムステンとしては、エヴォカリ王国が帝国の傘下に降るのをみすみす見逃すような事はしたくない。


 エルランドがあくまで国王を支持すると表明するのであれば、ブロムステンの最大の敵は王弟エルランドという事になる。武人として確かな地位を築いている義弟と、ここで刺し違えても構わない。


そんな覚悟で、王妃は隣室に控えた手練の兵士を入れるべきかどうするか、義理の弟の悩む姿を見つめながら判断を下そうとしていると、

「ううううう・・・」

エルランドは胸を押さえ込み、苦しみながらその場に倒れ込んでしまったのだった。

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