第6話

エヴォカリ王国の国王派筆頭となるアハティアラ公爵には二人の娘がいる。


 一人は亡くなった正妻の娘であるイングリッド、もう一人は後妻として公爵家に嫁ぐ事となったフレドリカの娘フィリッパ。


 二人は同じ歳である十六歳、一年前には成人として社交界デビューを済ませているということになる。


 後妻となるフレドリカが公爵家に迎え入れられたのがフィリッパが6歳の時の事であり、母と共にアハティアラ公爵家へと移る事になったフィリッパは、公爵家のエントランスホールに降り立った際に、天上にぶら下がる煌びやかなシャンデリアを眺めあげて、後へとひっくり返ってしまったのだ。


ひっくり返って後頭部を大理石の床にぶつけた衝撃で、この世界が『暁のホルン〜前世の知識でチートして国も愛も手に入れます〜』という乙女ゲームの世界である事に気がついたのだった。


 フィリッパの母は、身分の低さから正妻として迎え入れる事が出来ず、数年間をアハティアラ公爵の愛人という立場で過ごす事になったらしい。


正妻が亡くなった後に、父である公爵によって公爵邸に招き入れられる事になったのだが、その際にフィリッパは、前世の記憶を取り戻したという事になる。


 男爵令嬢であった母はエヴォカリ王国の王子とその側近たちと出会い、恋に落ちた。王都で行われるイベントをこなしながらお互い切磋琢磨しながらも、恋を発展させる途中で攻略に失敗。


 悪役令嬢だった今の王妃に邪魔をされ、最終的にはアハティアラ公爵家を継いだ父の愛人となってフィリッパを産み落とす事になる。


 フィリッパと母を父が公爵邸に迎え入れてからがゲームスタートとなり、様々な困難を乗り越えながら、最後には国を正しき道へと導く先導者となる。

最後には角笛(ホルン)を吹いて夜明けを迎える建国王の姿をなぞりながらも、ヒーローと二人で愛を誓い合ってエンドする。


 もちろんヒロインは不遇な環境に耐え忍んできたフィリッパであり、ヒロインは、フィリッパの義姉であり悪役令嬢となるイングリッドと、今もフィリッパの母を愛し続ける国王へ憎悪を燃やすペルニア王妃と戦う事になるわけだ。


「リンドロース、お姉様ったら今日は、珍しくお出かけするつもりみたいね?」


 朝食の場には居なかった執事を呼び止めてフィリッパが質問をすると、執事はにこやかな笑顔を浮かべながら答えてくれた。


「イングリッド様とレクネン殿下との婚約は、ほぼ決まったようなものでございます。ようやっとイングリッド様にも殿下の婚約者となる自覚が芽生えたようでございまして、本日、王宮へと赴く事となりました」


「へーーー、そうなんだーーーー」


 フィリッパは翡翠色の大きな瞳の可愛らしい顔立ちをした少女であり、ピンクブロンドの鮮やかな髪を自分の指先にくるくると巻き付ける。


 婚約者候補筆頭の妹、という立場を利用して、フィリッパは今まで何度もレクネン王子との交流を続けている。


 ゲームの知識があるフィリッパにとってレクネン王子を転がすなど簡単な事で、すでに何度もキスをしているし、自分の純潔は王子に捧げると約束もしている。


 ただ、自分の全てを捧げるのは結婚式を挙げた後の事であり、ここまで好感度を上げているのだから、自分には王妃以外の道はないとフィリッパは思い込んでいる節がある。


 自室へ戻ったフィリッパは、専属の侍女に便箋を用意するように命じると、早速、レクネン王子に向けて手紙を書いた。


 今日、イングリッドが殿下との面会を求めているので、イングリッドに対して、自分たちがどれほど愛し合っているかという事を見せつけておきましょう。言葉で言ってしまっては姉が傷つくので、言葉では言わず、姉に私たちの事情を察してもらう事で、良い方向に進めていきましょう。


といった内容の手紙を送ってみたところ、すぐさま、レクネン王子からの返事がフィリッパの元に届いたのだった。


 イングリッドとの面談の前にフィリッパと会えるとなれば、これほど嬉しい事はないと記されており、お茶会の場所は、春の花が見頃となっているサロンを用意するし、美味しいケーキと紅茶を用意しようと記されていた。


 フィリッパは、イングリッドが自分たちの逢瀬に出くわして、どのような表情を浮かべるか想像するだけで楽しくなってくるのだった。


 フィリッパは、父の愛情も母の愛情も独占し、公爵家でさえも自分の物であると考えている。その上、婚約者となるレクネンも自分の物となれば、エヴォカリ王国すら自分の物となるのだ。


 ゲームの中では、前世の記憶を持つヒロインは様々な知識を使って国を豊かにしていくのだが、そこの所については、怠惰なフィリッパはやる気がない。そのため、王子の婚約者となった暁には、アイデアだけ下々の者に振って、成果だけを自分のものにしようと企んでいる。


 イングリッドよりも先に王宮へと移動したフィリッパは、薄桃色のカサランの花びらが舞い散る庭園でレクネン王子と口付けを交わしながら、近くの回廊で呆然と佇む姉の姿を見て心の中でほくそ笑んでいた。


 姉がいる場所と配置は全く一緒、やはり、ゲームと同じように物語は展開していくようだ。


 悪役令嬢である姉がフィリッパと王子がお茶会をするサロンまで突撃してくれば、二人の恋路の邪魔をする当て馬令嬢として確定する事になる。


 サロンに登場せずに、王妃の元へと移動をしていたとしたら、悪役令嬢である姉と悪役王妃が結託した事を意味する事になる。


二人が揃ってこちらに牙を剥いてきたとしても、ゲームの知識があるフィリッパにとって怖いものは何もない。

全ての運命はすでに決定しているのだから。

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