第3話

 毒物の摂取による嘔吐で前世の記憶を取り戻したイングリッドは、この毒が麻薬成分を多分に含んだものである事に気がついた。


 舌の上でピリピリと弾けるような感覚、これは口からも鼻腔粘膜からも摂取可能なものだ。


 経口から摂取するには完全に量を誤ったことによる、心臓へのショック、胃部への不快増強による嘔吐からの、

「品質悪い!こんなの口に入れてんじゃねーよ!」

という魂の叫びから、前世、麻薬の密売人だった事を思い出したのだ。


次々に頭に思い浮かぶ情景から判断したイングリッドは、

「麻薬絡みなら出張ってやってもいいじゃねえの?」

と判断し、父の執務室に突撃した事になる。


重要書類を執事に渡したイングリッドは、執務机の上に足を乗せたまま、革張りの椅子にふんぞりかえって胸の前で両腕を組んだ。


「歴史あるアハティアラ公爵家は完全なる国王派で、エヴォカリ王家の繁栄を末長く望んでいるはずだよな?そんな国王派の重鎮であるアハティアラ公爵家が麻薬の密売に手を出していて、その裏には貴族派が居たとあっては、この後、どうなるのかは、リンド君にも容易に想像出来るよね?」


「・・・」


「我が王国で麻薬の使用は御法度だよ?だというのに、財政立て直しのために公爵家が手を染めているんだよ?貴族派が裏に絡んでるかも?そんなの関係ないね。公爵家が自領で麻薬を栽培して加工して売っているって事が問題なんだから」


「事業で成功したとお聞きしていたのですが・・・」


 リンドロースは悔しそうに顔を顰めている。

 本来、執事が関わる事は内政程度のものとなる。外の金回りについてはざっくり程度で知っていたら御の字程度の関わり方しかしないのだ。


「ところでお嬢様、大変、貴重な情報を教えて頂き有り難く思っておりますが、一体どうなさったのです?」

「はあ?」

「淑女のカケラも今の御様子から拝見出来ないのですが?」

「はい?」


 足を机の上に乗せたままのイングリッドは、片手に書類の束を持ったまま、小さな小瓶を執事の前へと差し出した。


「いっつも朝食を運んでくる侍女が、朝食にこれを大量に混ぜ込んだ所為で、こちとら死にかけたってわけなんだ」

「はい?」

「侍女は手足を縛って部屋に転がしてあるから心配はいらねえぜ」

「いやいや、心配いらねえぜ、じゃないですよ!」

「お前さ、公爵家の血筋はもう、アホ当主以外には私しかいないって事、十分に理解しているんだよな?」


 リンドロースは凝然と固まると、純白の髭の下に埋もれる口が小さく上下した。


「正妻の娘は私だけ、後妻のアバズレが自分の娘は公爵の娘だとかほざいているけど、あれ、確実に間男の娘だっていうのは理解しているよね?」


 イングリッドは、もう一つの書類の束に目を通しながら、立ち尽くす執事に目もくれずに言い出した。


「正妻の娘を毒殺したら、後は、アバズレの娘だけが残るよな?お前はさ、その間男の出どころがレスキナ帝国だって知ってっか?」


「え?」


 驚くリンドロースを眺めて、彼がそこまで知らなかった事に苦笑を浮かべる。

 アバズレ継母フレドリカは、今でも間男との交流を続けている。


 一度、当主の不在の間に、自分の部屋へとこっそり招き入れるフレドリカを見た事があるのだが、髪色や瞳の色が公爵と同じだったとしても、その男の顔立ちは完全に帝国人のそれだった。


「歴史ある公爵家が帝国に乗っ取られる寸前だぜ。まず、どうするよ、筆頭執事のリンド君?」


 リンドローズが握っていた書類が、強く握りしめられ事により、皺が無数に走り出す。その様子を見つめていたイングリッドは、花開くような笑顔を浮かべたのだった。

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