第5話 入学式
とうとう中学校の入学式の日がやってきた。
ドキドキしながら中学校の門をくぐると、在校生が胸に花をつけてくれて、教室まで案内してくれた。
驚いたことに、新一年生の教室はひとつしかなかった。
あたり前だけど、みんな小学校からの知り合いで、とても和気あいあいと楽しそうに話をしている。
あたしはどうしていいかわからなくて、出席番号順の席に静かに座った。
テレビで見た事はあったけど、学年でクラスがひとつしかない学校なんて、想像したことがなかった。
あたしの通っていた東京の小学校は一学年三クラスで、中学では六クラスになるらしい。
すでに完成されている友達同士の輪の中には、とても入れる気がしない。
正直、このクラスに馴染めるか、自信はなかった。
まあ、小学校のクラスにだって馴染んでいた訳ではないけど。
「おはよう、七海!」
声をかけられてハッとした。
顔を上げると、クール女子
「あっ、葵ちゃん、おはよう」
慌ててあたしがあいさつすると、葵ちゃんはフッと口角を上げて笑った。
「兄から聞いたんだが、七海はイケメン恐怖症なんだって?」
弓月さんから逃げるためについた大ウソに、あたしは思わず絶句した。
「兄がずいぶんしょげていたぞ。あれでも兄は、女子の人気者だからな。まあ、わたしは面白かったが」
「すみません……」
アハハと豪快に笑う葵ちゃんに、あたしは小さな声で謝った。
「ねぇねぇ、イケメン恐怖症ってどういうこと?」
「イケメンがダメってことでしょう?」
気がつくと、クラスの女子たちに囲まれていた。
「それって何が原因なの? 七海ちゃんって、東京から来たんでしょう?」
矢つぎばやの質問に、あたしは困り果てた。
「じっ実は、あの、小学校の時に、イケメンに苛められたことがあって……」
またまた大ウソである。一度ウソをつくと、そのウソを隠すためにまたウソをつくことになるって聞いたことがあったけれど、本当にそうだった。
言ってしまってから、あたしはものすごく後悔した。
「でも、それなら安心じゃない。弓月先輩を好きになったりしないって事でしょ?」
「そっか、七海ちゃんはここのルール知らないもんね」
「ルール?」
「あのね、弓月先輩はみんなの先輩だから、告ったりしちゃいけないのよ」
「そっ、そうなんですか?」
ずいぶん不思議なルールがあるものだ。
お父さんの歓迎会の日は、黒い物の怪が怖くて、弓月さんの顔をちゃんと見られなかったけど、葵ちゃんに似たきれいな顔だった気がする。
きっとみんなのあこがれの先輩なのだろうな。
入学式が始まった。
校長先生の後、在校生代表として壇上に上がったのは、なんと弓月さんだった。
サラサラの黒髪をかき上げて微笑みを浮かべ、新入生に歓迎の言葉を述べる。
在校生や新入生の間から歓声があがり、それに答えるように弓月さんは手を振っている。
あたしは黒い物の怪を見ないように、なるべく下を向いていた。
これから毎日、学校で弓月さん(と黒い物の怪)を見かけるのかと思うと、とても気が重かった。
教室に戻ると教科書が配られた。
担任の先生から、来週の授業開始時の持ち物などの話を聞いてから、ようやく帰りのあいさつとなった。
引っ越し先の、知らない人ばかりの学校。その第一日目としては、とっても平和な一日だったと思う。
まぁ、ほとんどは葵ちゃんのおかげだけど。
あたしは気分良く、家に向かって自転車を漕いでいた。
町中を抜けて、海岸通りの一本道にさしかかった時だった。
「七海ちゃーん! なーなーみちゃーん!」
後ろからの呼び声に肩がピクリと震えた。
(ひぇっ、弓月先輩だ!)
あたしは聞こえなかったフリをして、ペダルを高速回転した。
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