5 ロリ女帝

「改めまして、私は日本の首都、東京から参りました、田中鋭史と申します」


「ニホン……タナカエージ……ですね」


「はい。我が国日本は代々子孫へと受け継がれ、現在第百二十六代を数える皇帝……天皇陛下が治める国でございます」



 俺はゆっくりとそう言った。


 なぜわざわざ天皇陛下がどうのとか言ったのか?


 もちろん理由がある。


 とりあえずは国もないような野蛮なところから来た人間ではないですよ、というアピール。


 そして、同じ君主制の国からやってきた人間ですよ、というアピールだ。


 同じ価値観を持っていますよ、というアピールは大事だと思ったのだ。


 この国が専制政治をとっているならば、政府の長が選挙で選ばれる民主主義国家からきましたー、などとは現時点で口が裂けても言ってはいけないはず。


 体制の違う国からやってきた者に対して、施政者が警戒するのはごく当然だ。


 君主制を揺るがしかねない思想の持ち主だと思われたら、それだけで処刑されるかもしれないし。


 それにわざわざ天皇の世襲について話したのにもわけがある。


 さきほど、女騎士ヴェルは名乗りで『先の戦にて先帝より直接領地を賜ったなんとかの娘』だとかそんなようなことを言っていた。


 現皇帝と前皇帝が敵対的であったとしたら、現皇帝の前でこの名乗りはあり得ない。


 亡くなって即位したのか禅譲なのかはしらないけれど、いずれにしてもこのロリ女帝は平和的に帝位についた、と考えるのが自然だ。


 ヴェル自体、自分がなんとかという人の娘、ということを誇らしげに名乗っていたし、先祖代々騎士の家とかも言っていた。


 つまり、この国の身分制度は基本的に世襲だということだ。


 ヴェルの騎士という身分が世襲によるものだとするならば、当然君主たる皇帝もそうに違いない。


 神聖ローマ帝国やポーランド・リトアニア共和国みたいに皇帝を選挙で選んでいるのかもしれないけど、その可能性は低いと思う。


 だってこんな幼いロリ女帝だぜ?


 選挙だとしたら能力で選ばれるわけもないし、選ばれる理由があるとしたらロリ女帝自身の親が皇帝だったから、くらいだろう。それなら世襲と変わらない。


 だから普通に考えて先帝というのは今のこのロリ女帝の父親か母親ということになるだろう。


 そう、今俺の目の前にいるのは九九パーセント間違いなく、世襲で帝位についた皇帝のはずである。


 そして俺は今、世襲の君主が治めている国からやってきた、と言った。


 この時点でもう、俺という個人の政治的思想に対する警戒はかなり和らいだはずである。


 実際、



「そう……タナカ・エージ、あなたは一二六代も続く長い歴史をお持ちの国からやってきたのですね……」



 ロリ女帝は感心したように言っている。


 この人自身は十八代目とか言っていたっけか?



「あなたの生業は?」


「はい、不慮の事態で命を落とした際に、そのご家族が路頭に迷わぬよう、資金を調達しプールし、何事もなければそれを運用して増やし、資金提供者にお返しする、互助会のようなところで働いておりました」



 まあ、生命保険会社の説明としてはだいたいあっているだろう。


 本当のところ、新人飛び込み営業マンだけどね。


 法人営業部だから基本節税話法で社長に保険を売るのが仕事だったけど、今はそこまで話す必要は一切ないだろう。



「ああ、我が国のワコートス会のようなものですね。ということは、武人ではないということですか」


「はい」


「では先ほどの技は?」



 んなもん、俺だって知らない。


 あの魔物は勝手に死んだし、適当に振り回したカバンがたまたま少女に当たっただけだ。


 えーと。



「ジュードーという技です」



 全然違うけどな!



「我が日本では、全国民に素手で闘うジュードーか、剣で闘うケンドーのどちらかを学ぶように決められております」



 うん、嘘ではない。


 今は武道は必修科目になったはずだ。


 ダンス……は別にどうでもいいや。



「なるほど、武を貴ぶ国なのですね。それは、我が国と通じるものがあります」



 うん、納得してくれたならそれでいいです、ロリ陛下。



「陛下、それで、この者ですが。処刑するのですね?」


「はい、戦争捕虜は反乱や反抗の危険が高いため奴隷にはできません。かと言って我が国の厳しい食料事情では、ただ生かしておくこともできません。我が国は急激な人口減の状況にあり、労働力が不足しております。従って戦争捕虜であってもみだりに殺すのははばかられますが、しかしながら他に方法がないため、戦争捕虜は処刑することになっております。これは先々帝の時に定められた法です」



 なるほどね。


 今のロリ女帝の言葉からわかることは、現在この国は戦争中であること、人口減少社会であること、それを補うためか昔からの風習なのかは知らないけれど奴隷制があること、そして戦争捕虜であっても安全な使い道があるなら労働力として使いたいということだ。


 だけどそれが難しいから処刑する決まりになっているってことか。


 俺は注意深く言った。



「我が国日本の皇帝陛下の治世においては、戦争捕虜につきましてはみだりに殺すことなく保護することが義務づけられており、この帝国の法に従うべきことは重々承知ではありますが、我が国日本の皇帝陛下の御心にそぐわない行動となってしまい、私といたしましては、非常に心苦しく、つらいことであります」



 この国、戦時中ということもあって敵を殺すのは別に悪いこととは思われてないっぽい。


 だから、ただ単に殺したくないから、という理由を述べるのはクレバーではない。


 それじゃただの臆病者だと思われる。


 実際はその通りだけど。


 そうではなく、自分自身の君主にたいする忠誠心からやりたくない、と、その方向で攻めるべきだと思った。


 君主たるもの、忠義者には親しみを覚えるはずだ。


 古代中国、三国時代の曹操なんて、自分の部下を殺してまで劉備のところに帰った関羽に感動までしてたしな。


 まあフィクションである三国志演義の方だけど。



「そうですか……。しかし、この国の前例では……」



 ほら迷ってる!


 迷ってるよ!



「ですので、陛下。私といたしましては、陛下の定められた法やこの国の風習など、なに一つ知らない身ではありますが、私自身が敬愛する日本国の天皇陛下が定められた、捕虜を殺すべからず、との御心に沿いたいと存じます」



 まあ、捕虜の扱いを定めたジュネーブ条約はもちろん時の内閣が加入を決定したものだ。


 けど、その内閣は国事行為として天皇が任命するわけだし間違ってはいない、ということにしておこう。


 ちょこっとだけ事実を都合のよいように変えちゃっているけど、嘘をついているわけじゃない。


 ロリ女帝は少し考えこんだあと、



「あなたの君主に対する忠誠心と自分の国の法に対する遵法精神はわかりました。ですが、ここは私と私の祖先が定めた法に従い私が治める国、ターセル帝国。帝国内の出来事は帝国内の法を執行せねばなりません。私といたしましても、敵とはいえみだりに人を殺したくはありませんが、戦争捕虜は原則死刑にするというのが法です。また、あなた自身も、もといた国で死亡し、わが国の宮廷法術士により蘇生され、そしてあなたはすでに元の国へ帰るすべをもちません」



 ふーん。


 なるほど、もう帰れないのか。


 予想していたことなので、特に驚きも悲しみもしない。


 だいたい、早く死にたいなーでも痛いの苦しいの怖いのは嫌だから楽に死ねればなーなどと思いながら生きていたくらいだし、家族はいないし、友達もいないし、特にいい思い出もないし、まあ、いいか、と思った。


 ロリ女帝は言葉を続ける。



「従いまして、今はまだ客人だとしても、あなたは帝国の臣民になる者と解されるべきです。法は守られるべきです。私の国で、私が私の臣民に命じます。その者を処刑しなさい。耳朶はあなたが所有することを認めます」



 あーあ。


 命令されちゃった。


 綸言汗の如し、という。


 専制君主制の国で皇帝の言葉っていうのは、汗のように一度でたら撤回はできないのだ。


 つまり、命じられちゃったらそれはもう、決定事項ってこと。


 俺はどうやら、目の前の裸の少女を殺さねばならないらしい。


 首を斬って。


 その後、耳を切り落とすのがこの国の風習らしいけど。


 ふと、裸の少女の耳に目をやる。


 そこには紅く光る小さな宝石のようなものが埋め込まれている。


 そういえば、ヴェルの耳たぶにも宝石がついていたような気がする。


 ロリ女帝の耳にだって、どでかい耳飾りのほかに宝石が埋め込まれている。


 この国の風習では耳がなにか重要な意味を持つのだろう。


 失神し、ぐったりと床に横たわる裸の少女。


 うーん、この首にナイフか何かを突き立てて、血がどばっとでて、身体がビクンビクンしたりして、その返り血を浴びながら俺はさらに耳を切り取って……。


 無理だっつーの!


 魚さばいたことすらほとんどないっての!


 俺は大きく息を吸う。



「かしこまりました。まったくもって陛下のおっしゃるとおりでございます」



 俺は考えながらゆっくりと言う。


 こういう時には自分でもびっくりするほど時間をかけてゆっくり喋ったほうが、説得力を持つ。


 あと単純に時間をかけて喋ったほうが考える時間が稼げるし。


 さて。


 ロリ女帝がいうところの『法』とやらがロリ女帝自身の行動まで縛るほどの強制力があるのかどうかはわからない。


 ただ、もう少し抵抗してみるだけの価値はあると俺は判断した。


 この幼帝はさっき、『私と私の祖先が定めた法』と言っていた。


 つまり、法を決める権限は皇帝が持っており、それは皇帝が法を変えられるってことだ。


 これが宗教的な教義とかで、『神が定めた法』とか言われてたら完全にアウトだろう。


 しかしそうじゃないなら、例外が認められてもいいはずだ。


 法の例外を認めるのは、専制君主であれば可能なはずなのだ。


 ロリ女帝陛下を、言いくるめられれば。


 俺は、人殺しをしなくてもすむ。


 失敗したら……。


 女の子を殺すことになる。


 この手で、首を斬って、殺す。


 気を失って無抵抗になった裸の女の子の首に刃物を当て……。


 俺はロリ女帝の顔を見る。


 幼く、純真さを思わせる表情。


 黒真珠のように輝く瞳。


 本来なら、皇帝の目を見るなど失礼にあたるのかもしれないが、俺はしっかりと幼い女帝陛下の視線を受け止めた。


 これは、闘いだ。


 奴隷なら、そのまま奴隷として俺に仕えさせればいいじゃないか。


 思う存分かわいがってやるさ。


 女奴隷、正直、ほしいし。


 だからこれは闘いなのだ。


 もちろん剣を使うわけじゃない。


 ロリ女帝を説得し、提案し、先ほどの命令を撤回させ、この少女を生かして俺の奴隷にさせてやろう。


 俺は意のままになる女奴隷が欲しいだけ。


 だから俺はこのロリ女帝と闘ってみせる。


 下手をしたら俺までも処刑されるかもしれない。


 だが俺はやってみせる。


 営業マンとしての経験が俺を救ってくれることを信じる。


 そうすれば女奴隷をゲット……いや、もう照れ隠しに露悪的なことを言うのはやめておこう。


 俺はこの子を殺したくないし、助けたい。


 ……だって、男の子ってやつは、いつだって女の子を助けたいものなのだから。


 俺は大きく息を吸い込む。


 そして俺なりの闘いを始めることにした。



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