6.夢小説とトリップ夢主


 これまで「男性向け」二次創作の系譜ばかりを扱ってきましたが、「女性向け」二次創作の系譜を見逃すわけにはいきません。

 そもそも初回コミケ(1975年)の参加者の9割が女性だったように、「オタク的な二次創作」は長らく「女性向け」の方が多かったのです。コミケは2015年頃にようやくサークル参加者の男女比が半々になりました(※1)。一般参加者まで含めるともっと男性の割合は高くなりますが。


 ネット以後の「女性向け」創作といえば、やおい/腐/BL(ボーイズラブ)、ケータイ小説、夢小説。

 特に夢小説は「男性向け」における転生オリ主の形成と微妙な接点がある、と筆者は睨んでいます。

 「女性向け」と「男性向け」の二次創作史を並べることで得るものは大いにあるでしょう。



 ①『スタートレック』二次


 第三話冒頭で「メアリー・スー」に触れました。

 オリ主が『スタートレック』ファンダムにおいて初期からジャンル化したことの裏には、ジェンダー的問題が潜んでいます。SFファンダムの男女比が9 : 1だったのに対し、そこから分離した『スタートレック』ファンダムの男女比は1 : 9だったのです。「女性向け」二次創作の文化圏でした。

 ついでに言うと、年齢層は18歳周辺と35歳周辺で二分されていたらしいです(『A conversation with Paula Smith』参照)。


 唯一の女性レギュラーメンバーである「ウフーラ」は自己投影先として弱かったでしょう。男所帯紅一点あるあるですが、ここにはウフーラが黒人女性だという人種的問題も関係しています(※2)。

 

 このような状況における「女性向け」二次創作には、一般に二つの傾向が見られます。

 「私」を抹消するBLか、「私」を前景化するオリ主か。


 『スタートレック』二次では両方流行ったようです。オリ主は「メアリー・スー」で揶揄された通り。BLは1970年代末から「Slash Fiction」の名で定着しました。

 一応補足しておくと、ウフーラや準レギュラーやゲストの女性キャラをカップリングの片方に据えた異性愛カプ廚消費とか、原作を補完したり批評したりする二次創作も当然あったと思われます。




 ②夢小説の概要


 「夢小説」(初期には「ドリーム小説」「ドリー夢小説」と呼ばれる)とは一体何なのでしょうか。

 とりあえず「読み手が自己投影しやすい主人公と、漫画やアニメのキャラクターとの(主に恋愛)関係を描いた二次創作」と定義しておきましょう。


 狭義では、主人公(「夢主」「ドリ主」と呼ばれる)は女性で、関係は恋愛関係で、主人公の名前を読者が自由に設定して読むことが出来る「名前変換」機能がついています。

 広義では、主人公は「女性」に限らず(男主人公で友情やBLを描くものや男装女性主人公がジャンル化しており、動物や無機物が主人公とされることもあります)、恋愛を描くと限らず、なんなら原作キャラを目視すらしないジャンルがあり(世界観夢)、「名前変換」機能も必須ではありません(ここは議論が紛糾するところです。夢小説を集約するサイトとして現在最大手の「pixiv」(2007年-)が長らく「名前変換」機能を持っていなかったため)。


 1998年頃に誕生した夢小説は、2001年4月に名前変換CGI「DreamMaker」が配布されるや個人サイトの間で爆発的に広まりました。

 2003年7月には夢小説が手軽に作れるケータイサイト作成サイト「フォレストページ」がサービスを開始し、以降スマホが普及するまで夢小説の主戦場はケータイサイトに移ります。




 ③トリップ夢主


 夢小説における「ゲームの主人公のように名前が不定の主人公」は、即座にオリ主を成立させるでしょう。


 「トリップ」のジャンル形成も早期に行われました。

 名前不定の現代人主人公が異世界転移する『遙かなる時空の中で』(乙女ゲーム、2000年-)が当時人気を博していたためです。同条件の『サモンナイト』(SRPG 、2000年-)もじわじわ夢小説を増やしていました。

 これらの夢二次創作は即座に「転移オリ主」(夢小説の文脈では「トリップ夢主」と呼ばれる)を成立させます。


 2003-04年頃は夢小説激動の時代です。他の原作に対しても「トリップ夢主」が適用され、完全にジャンルとして確立されました。

 他に起きたことを列挙すると(※3):


・「TD-SEARCH」という異世界トリップ夢小説専用の検索サイトが生まれる。


・「転生トラック」が定番化。


・同じ夢主がいくつもの作品世界に渡る治安の悪そうな多重トリップ系が出現。


・「憑依」(夢小説の文脈だと「成り代わり」と呼ばれることの方が多く、意味もややズレる)がジャンルとして確立する。


・夢主の主流が「モブ」(無個性)型から「オリキャラ」(「おもしれー女」「ほわほわ愛され女」など様々な方向で特徴をつける)型へ移行し始める。


・媒体がPC個人サイトからケータイサイトへ移行し始める。




 ④交流の可能性/比較検討


 個人サイトの時代の「女性向け」二次創作が閉鎖的だったことはよく知られています。

 隠されたサイト入口、検索除け(例えば「ホイッスル二次」と書くのではなく「ホ/イ/ッ/ス/ル二次」と書く)、検索除けがされていない掲示板での公開禁止。


 しかし、閉鎖は不完全でした。インターネットの匿名性を帯びてもなお「女性向け」ジャンルは「男性」から叩かれ(2chに晒されて粘着等)、「女性向け」の中でも「棲み分け」(腐と夢とその他二次、各カップリング)の名で妙に分断され、同じ夢同じカプでも「同担拒否」を理由に気に入らないサイトは荒らされたりしました。

 このようなわけで、ゼロ年代の間に多くのサイトが消えています。



 閉鎖の不完全性は負の側面だけでなく、思わぬ交流をもたらします。「男性が自分の好きな「男性向け」作品の二次創作を探すうちに夢小説に辿り着く」という現象は当時しばしば起こったようです。

 例えば、「『ハンタ』の長編SSが探す限り夢小説ばっかりだけどゴン主人公の二次創作は無いのか」というArcadiaの捜索スレッドが2004年にあります(※4)。返信は無かった模様。


 ゼロ年代前半に夢二次創作が人気だった作品を列挙すると、『ホイッスル』、『テニスの王子様』、『NARUTO』、『HUNTER×HUNTER』、『鋼の錬金術師』、『ハリー・ポッター』、『ガンダムSEED』、ゲームの『テイルズ』シリーズ……(以上は2004年までのArcadia捜索掲示板で観察できたもの)。

 「男性向け」としても需要がありそうで、しかし「男性向け」ではあまり供給がないラインナップです。


 夢小説の中には、男主人公だったり、フィメール・ファンタジー性が低かったり、物語として面白かったりして、「男性」でも読めるものがしばしばありました。

 事情はよくわかりませんが、ごく一部ながら『魔法少女リリカルなのは』や『らき☆すた』の夢小説も存在したようです。

 こういったところから微妙な接点が生じたのではないか、と想像できます。

 そしてまた、『サモンナイト』板をカテゴリとして持っているArcadia捜索掲示板では、夢小説がときに露出し、文化交流(少なくともすれ違い)の場として機能したのではないかと。



 04年のトリップ夢主と08年の転生オリ主のタイムラグは何なのか、考えてみましょう。


 まず、大して交流が無かった可能性があります。読者が双方向に移動(潜入)していた報告は割と耳にするのですが、作者はそうではなかったと。

 影響はあったとして『ナルト』『ハンタ』二次に局限される、という見立てが妥当かもしれません。


 次に、情勢的にアイディアを輸入したくてもできなかった可能性。

 04年頃の「男性向け」ジャンルでオリ主が定着していたのは『とらハ3』『Fate/stay night』『ネギま』あたりでした。『ネギま』以外はオリ主がそこまで多かったわけではなく、『ネギま』二次の書き手・読み手が夢小説に遭遇して影響される確率は低そうです(だいぶ偏見です)。

 06年頃「男性向け」二次でオリ主が一般化したとき、夢小説の主戦場はケータイサイトに移っていました。もちろん「男性」がケータイサイトに触れることはありましたし、PC個人サイトの夢小説もまだ残っていましたが。


 また、「トリップオリ主」の成立には強力な「異世界転移」コンテンツが必要で、ゼロ年代前半の「男性向け」界隈にはそれが足りていなかったのかもしれません。

 強力な「異世界転移」コンテンツとはつまり、「女性向け」の場合は『遙かなる時空の中で』であり、「男性向け」の場合は『ゼロの使い魔』です。

 次のようにパラレルに扱うことは許されるでしょうか?


2002年:『遙かなる時空の中で』夢二次の増加(というよりは夢小説全体の急増)

→2004年:トリップ夢主の普及

2006年:『ゼロの使い魔』二次の増加

→2008年:転生オリ主の普及



 気になるのは、『ゼロの使い魔』で「転移」が与えられたときまず流行したのがクロスオーバーだったことです(※5)。後に「貴族転生」が流行しますが、初期段階ではトリップオリ主に対してまだ照れや忌避感があるように見えます。「書き方が分からない」と言った方が正確でしょうか。

 この一線を突破したのは、Arcadiaによる集約化と文脈を知らない若年層の出現によってでした。


 夢小説の場合、集約化という点は微妙ですが、2001-04年に夢小説人口が急増した勢いは考慮すべきでしょう。 

 また、欲望は最初から抑圧されていました。

 夢小説というものの構造上必然的に生じる「はにかみ」(特に自分の名前を入力するタイプの人の恥ずかしさを想像してください)。閉鎖性に見られるような「後ろ暗さ」。こういったものを夢小説の書き手・読み手たちは常にどこか抱えていました。

 だから夢小説を書き始めた時点で「一線」は越えており、現実世界から作品世界に来訪することなどわけなかったのかもしれません。


 そもそも夢主=「書き手でも読み手でも他の誰かでもあり得る主人公」に対して「名付ける」という行為は、現実から作品に影響を及ぼすという点で「トリップ」と親和性が高いのではないでしょうか。

 ここからはなにか、現代において作品を読むこと/書くことの意味を取り出せそうです(※6)。






―――――――――――――――


 ※1:コミケにおける二次創作集団を社会学的に研究した論文として、次があります。


『二次創作文化の集団論的検討』

https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/262666/1/kjs_028_127.pdf



 ※2:メアリー・スーはしばしばエキゾチックな出自を持ちます。「U-1」や「踏み台転生者」の「銀髪オッドアイ」も同種の現象です。しかしアメリカのメアリー・スーにおいて、「アフリカ系の血」が借用されることは殆どなかったでしょう。

 ちなみにウフーラ(演:ニシェル・ニコルズ)はアメリカのテレビドラマにおいてアフリカ系俳優がレギュラー出演した初めての例です。同時代のキング牧師に評価され、後に黒人女性として初めて宇宙飛行を行ったメイ・ジェミソンもウフーラの影響を語っています。



 ※3:トリップに関連して夢小説における「神様転生」テンプレがいつ頃定着したのか調べようとしましたが、手掛かりが一切見つかりませんでした。

 2004年頃にせよ08年以降「男性向け」二次創作シーンから輸入してきたにせよ、確定すれば「男性向け」二次創作と夢小説の関係について理解が深まると思います。



 ※4:『ゴンが主役の長編』

http://www.mai-net.net/bbs/sss/sss.php?act=dump&cate=all&all=47907&n=0



 ※5:「女性向け」二次創作におけるクロスオーバーについて。筆者の怠慢により殆ど調査できていないのですが、二点だけ述べておきます。

 『ホイッスル!』(1998-2002年)、『テニスの王子様』(1999年-)といった作品では2001年頃?から『バトル・ロワイアル』(1999年)パロディが流行りました(同時期の2ch葉鍵板でも『バトロワ』パロが流行っています)。シチュエーションを借りているだけなのでズレている気もしますが、クロスオーバーの選択肢は当時からあったということです。

 そして、『遙かなる時空の中で』は『ゼロの使い魔』と異なり、クロスオーバー二次はあまり流行りませんでした。少なくとも当時の個人サイトを見る限り、夢二次を越える勢いはなかったようです。



 ※6:二次創作のテキストに埋め込まれたものについて、夢小説の文脈では次が参考になります。


『ゆめこうさつぶ!~庭球日誌~』「〈私〉を読むこと、〈私〉を書くこと」

http://yinfo.web.fc2.com/



[参考文献]


A conversation with Paula Smith

https://journal.transformativeworks.org/index.php/twc/article/view/243/205


【不特定】「転生オリ主」を流行らせた作品(~2008年)

https://syosetu.org/?mode=seek_view&thread_id=38921


夢を夢見る:文化としての夢創作と記録

https://note.com/7mi___n/n/nc5bab4d5cdee


夢創作の話が聞きたい

https://note.com/7mi___n/m/m049be4a5f168


女性向けオタク文化について考える~夢小説編~

https://blog.yume-saku.site/otomeculture-dream/


「夢女子」のような「夢男子」はいるのか。「夢男子」を名乗らなかったのは何故か。そもそも「夢女子」って何ぞ。

https://note.com/wagashidana/n/n5006d823a1aa?magazine_key=m049be4a5f168




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