4.個人サイト/2ch/ニコニコ動画


 「トリップ」と「オリ主」が出揃ったところで、Arcadia前夜の2006-08年における転生オリ主たちを見ていきましょう。



 ①個人サイトと2chSS板


 今更ですが、個人サイトの時代(-2008年)の二次創作を体系的に調べることは難しい課題です。15年後にInternet Archiveを使いながら調査する場合は特に。

 サイトのばらけ具合からシーンの繋がりが緩やかで、PVやランキングによる競争も激しくないため、各作品の「影響力」を当時シーンに居た人々による印象論以外の方法で語ることは中々できません。


 個人サイトの転生オリ主二次で影響が大きかった(らしい)作品を取り上げましょう。



 2006年頃から2010年代中盤にかけて、『魔法少女リリカルなのは』(TVアニメ2004-07年)の二次創作は異様なほど人気を集めていました。原作からして二次創作に限らないオタク界隈で人気だったようです。

 そんな『なのは』二次で「転生オリ主」流行のきっかけになったと言われているのが、『聖句』(2007年8月?-、「啓発済み?」掲載)という作品です。

 「TS転生オリ主」(現実世界で男だったのが転生先で女になる)を採用しており、これは当時すでに蔓延していた(そして転生オリ主の時代にも腐るほど見る)「最強系ニコポハーレムオリ主」に対するメタとして登場したきらいがあります。


 『憑依奮闘記』(2008年3月-、「空虚を満たせ」掲載)も名前が挙げられることがあります。原作開始前から始まる重厚なオリジナルストーリーをメインとする作品です。



 『ゼロの使い魔』(ラノベ2004-17年、アニメ06-08年)の二次創作も流行していました。ゼロ年代の人々が待ち望んでいた、巨大な「異世界転移」コンテンツです。

 『ゼロ魔』二次は2chの『あの作品のキャラがルイズに召還されました』(2007年6月-)スレに代表されるようにクロスオーバーが異常に強い印象ですが、それらに混ざって転生オリ主も存在したようです。

 特に、転生オリ主が普及した後の作品になりますが、『ハルケギニア南船北竜』(2008年11月?-、「棒の人ブログ」掲載)はつとに有名。これを含め『ゼロ魔』二次はにじファンを経由しながら、なろうの「ナーロッパ」や「NAISEI」の形成に深く関わっていきます。



 転生オリ主ではありませんが、歴史改変憑依もの(※1)として『提督たちの憂鬱』(2006年6月-、「蒼の混沌」掲載)の名を挙げましょう。二次創作が多数現れ、後続の歴史改変モノ(『腕白関白』など)にも影響しています。

 憑依者複数でオタクサークルを形成してワチャワチャするのは、時代を先取りした感がありますね。2019年以後の「掲示板形式」もこの系譜に位置づけられます。

 理想の自分を投影するのみならず、「仲間から自分がオタクであることを肯定される」ことに快楽を見出していることは注目に値します。一般に転生オリ主ものだと前者はチート/最強系の方向に向かい、後者はパロディ/コメディの方向に向かいます(『紐糸日記』など)。




 ②ニコニコ動画


 二次創作小説史からすると傍流になりますが、忘れるべきでない系譜を紹介します。

 「ニコニコ動画」(2006年-)において動画媒体で投稿された、『東方Project』(1996年-)二次の「幻想入り」シリーズです。


 「幻想入り」は後にクロスオーバーが主流となりますが、発端となった動画は『東方俺が幻想入り(視聴者参加型動画)』(2007年10月-)のように「転移オリ主」でした。

 当時から現在まで『東方』の二次創作を集約している大手投稿サイト「東方創想話」(2003年-)は堅い雰囲気で、転移オリ主など到底許されなかったでしょう。その点で動画媒体の意味はありました。


 Arcadiaの転生オリ主ブームは、その時代性・若年性においてニコニコ動画の文化と近接しています。

 例えば、『ネギま!! 元一般人の生き方。』(2009年1-3月)という作品を見てみましょう。2ヶ月足らずで114話を投稿し完結させた勢いから読者の感想を4500件も集め、作者はたまに後書きでそれらを引用しています。

 第二十三話後書きから感想を孫引きすると(※2):


『作者がメイドインヘブン』 『クーガーを超えた者』 「到達者」 『投稿数より二つ名のほうが多い作者』 『読者がオチオチ寝られない』 『ブレーキなぞ既に捨てた』 『DIO=作者』 「ウィルス進化論体現者」 『作者の病気はアギにも治せない。』 『作者は電波受信中』 「ジェバンニが一晩でやってくれた所じゃない」 「ジェバンニ以上の仕事量」 「戦闘機人」 「クーガーの持論を体現した者」 「週刊でもなく日刊でもなく時刊」 『ジェバンニ涙目』 『病院逃げて』 『リアルジェバンニ』 『三番目の刹那(アンノウンレプリカ)』 『自重を知らない神』 『最速の後継者』 (以下略)


 ノリが完全に2009年のニコニコ動画です。

 『俺幻想入り』の投稿開始時である2007年10月は中々ちょうどよい時期で、Arcadiaに対する影響は一定以上あったように思われます。

 また、「視聴者が展開を決める」といった作者・視聴者の近さも、人口の多かったArcadiaの二次創作シーンと共通します。




 ③ほんの少し考察


 興味深いことに、『ゼロ魔』二次がクロスオーバーから転生オリ主に移行したのに対し、「幻想入り」シリーズは転移オリ主からクロスオーバーに移行しています。

 ここから「クロスオーバー」(作品間の越境)と「トリップ」(虚構と現実の越境)が二次創作シーンにおいて大差ない作業になっていた、と言えるかもしれません。


 『エヴァ』二次において「憑依」(身体間の越境)が形成される前に、「逆行」(過去と未来の越境)があったことも付け加えておきましょう。


 さらに「異世界転移」(世界間の越境)と「転生」(生と死の越境)の名も挙げてみると、二次創作ジャンルにおいて多くの「越境」が互いに影響・関連しながら行われていたことが分かります。


 不可能を可能にする点で「越境」は夢を見させます。それだけではなく、そこにはつねに遊びの感覚、(メタ)ゲーム的感覚があります。

 「VRMMO」はこれら全てを含み得る点で、ゼロ年代を代表するWeb小説のジャンルかもしれません。一次創作ジャンルが二次創作的なものまで代表できることも示唆的。


 ゼロ年代ラノベには「VRMMO」がほぼ無かったわけですから、差異化の意も込めて「Web小説VRMMO中心史観」は唱えられて良い気がします。




 

―――――――――――――――


 ※1:『提督たちの憂鬱』以前のタイムスリップ歴史改変無双ものの系譜として、『アーサー王宮廷のコネチカット・ヤンキー』(1889年)、『戦国自衛隊』(映画1979年)、『紺碧の艦隊』(1990-96年)などが存在します。

 特に『紺碧の艦隊』に始まる仮想戦記ものは直近の出来事で、影響は大きかったと思われます。『エヴァ』二次の「逆行」もタイムスリップ仮想戦記を意識しているかもしれません。ファンにミリタリー好きな人多いですし。

 調査不足ゆえこのエッセイではほぼ扱っていませんでしたが、90年代の娯楽小説・ラノベはゼロ年代Web小説(二次創作含む)を研究する上で非常に重要です。


 ついでに、『アーサー王宮廷』は異世界転移ものの先駆者だとも言われます。他に『ガリヴァー旅行記』(1726年)、『不思議の国のアリス』(1865年)、『オズの魔法使い』(1900年)、『ナルニア国物語』(1950-56年)の名もよく挙がります。異世界転移は作品の量と歴史に比例して先行研究がたくさんあるので、詳しくはそちらを参照してください。例えば:


『異世界文学の系譜:「指輪物語」から「異世界転生」まで』

https://mikafone.blogspot.com/2019/03/blog-post.html



 追記:『紺碧の艦隊』はタイムスリップだけでなく、「平行SF世界の人物に転生憑依」する仕組みも持っています。現代的な「転生」の形成(第一話参照)にタイムスリップものが関係しているかもしれません。

 また、『提督たちの憂鬱』の「複数憑依」設定は『紺碧の艦隊』時点であったようです。『戦国自衛隊』の「複数タイムスリップ」設定に遡ってもよいでしょう。



 ※2:『ネギま!! 元一般人の生き方。(転生ものさぁ 作者の病気 屁理屈を言う兄です)二十三話』

http://www.mai-net.net/bbs/sst/sst.php?act=dump&cate=akamatu&all=6186&n=23#kij



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