第四章 フレア・アルメリア

-1- 不自然な動き

 アリスがミネと二人になりたいと言っていたので、ついでにと思い俺はカワカミチーフにマリエッタを紹介した。


 マリエッタはアリスに言われた通り、ミント色のリネンシャツにスキニーパンツという爽やかな格好で俺たちの前に現れた。アリスの言う通り、彼女らしくてとても似合っていたと思う。猫ちゃんシャツも、あれはあれでいいけど。


 マリエッタがアリスのことを溺愛……いや、敬愛していることを共有すると、カシワバチーフは興味深そうに唸り声を上げていた。やはり彼女の存在は貴重だよな。本人は過小評価しているみたいだけど。


 しばらくリビング3人で話していると、唐突にカシワバチーフがこう切り出してきた。


「なあマリエッタ」

「はい、何でしょう」

「フランシェリアさんとは長い付き合いなのか?」

「はい! 私たち、お嬢様がご結婚される前からずっと一緒なんです」

「へえ、そんなに長いんだ」


 カワカミチーフはうんうんと頷いて、何かを把握するように目を泳がせた。どうしたのだろう。


「それなら、あの話も知ってるね?」

「あの話、ですか」

「言わなくても君はわかるはずだ」


 カワカミチーフは顎に手を当てて、真剣な眼差しでマリエッタを見据える。マリエッタは少し考えてから、すぐに勘付いた様子で顔を上げた。


「カワカミさん。知っているんですね」

「まあな、研究所の人間だからな」

「ちょ、ちょっと、ちょーっと待ってくれます?」


 俺は思わず右手を平にして、二人の間を横切らせた。二人は同時に俺の方へ振り向く。


「何の話ですか」

「何って、お前知らないのか。フランシェリアさんは……」


 カワカミチーフが言葉を続けようとした。すると、マリエッタが焦った様子で急に声を上げた。


「あーっ、いけない! お洗濯物外に干しっぱなしでした!」

「え、え?」

「カワカミさん! 不躾ですがちょっと手伝ってください!」

「お、俺ですか? ラオレに頼めば……」

「カワカミさんに頼みたいのです。ほら、行きますよ!」

「ちょ、ちょっとお!? ら、ラオレー!」

「ラオレ様はリビングでくつろいでいてくださいね!」

「あ、ああ」


 俺がそう返事すると、マリエッタはカワカミチーフの袖を引き外へ出ていった。俺は二人の後を追うことなく、リビングの真ん中に立ち尽くしていた。


……一体なんなんだ、「あの話」って。


 カワカミチーフがその話をしようとした途端、マリエッタはそれを遮るようにして部屋を出ていった。しかも、それを知っているカワカミチーフを連れて。


「まさか、隠し事?」


 何か知られたくないことでもあるんだろうか。確か、アリスの話だったよな。カワカミチーフはアリスについて言いかけていた感じだったし。


「はあ、またアリスの秘密か」


 俺はまだ、アリスのことを何も知らないみたいだ。それにマリエッタのあの焦り方。愛しのお嬢様の魅力はなんでも伝えたいと思っている、そんなマリエッタがアリスのことを隠すなんて。あまりにも不自然すぎる。


 俺はふと、あの夜にアリスに勧められた絵本の名前を思い出した。


――『森の機械の乙女』。


 まさかとは思うが、アリス自身が言っていた通りあの本に何か書いてあるんじゃないのか? この前読んでみた感じじゃ、ただの子ども向けの絵本って感じだったけどな。


 しかし今、ヒントを見つけようとするならそれしかない。


 アリスの書斎に入るには必ずアリスかマリエッタの許可がいるが、俺はこの時初めて許可を受けずに一人だけでアリスの書斎に入った。アリスは自室にいるが、一応見つからないよう足音を忍ばせて、慎重に。


「……いや、やっぱりすごいなこの数」


 改めてそう思った。

 この書斎の完成度は素晴らしい。書斎の中はまるで美術館のギャラリーのようだ。今時珍しいハードカバーの本が本棚の中に立ち並び、中には手書きの原稿らしきものもある。壁に掛けられた額縁には、絵画の他にも写真や陶器などの美術品が収められている。


 床はフローリングになっていて、アンティーク調のテーブルと椅子が部屋の中央に並んでいる。そして、大きな窓から差し込む微かな光が室内を静かに照らす。窓の外では大ぶりの雨が降っている。


 まさに、本の海だ。


 俺はその海の光の下にある小さな深緑色の本棚から、『森の機械の乙女』を探した。この小さな本棚に絵本が入っていることはアリスから聞いたことがあって、偶然覚えていた。


「……あ、これか」


 表紙が印象的だったからよく覚えている。森を背に機械仕掛けの少女が振り向いている、油絵のようなタッチの表紙。俺はその絵本をテーブルに広げ、椅子に腰掛けて目を凝らしながら読み始めた。

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