-3- カワカミ・ハウス

 バッテリーの充電にはいくつか方法がある。


 一つは公共の充電ステーションで充電する方法だ。普通のアンドロイドならそれで構わないが、ミネの場合は難しい。


 公共の充電ステーションにはセキュリティに問題があるからだ。たくさんのアンドロイドが接続するのをいいことに、ウイルスが仕込まれていることがよくある。そこからミネの情報が漏れることは避けたい。彼女はピアノスに関する重要なデータベースの一つだ。


 次に、誰かにバッテリーを盗られるリスクがある。充電用のUSBケーブルは取り外しにくい構造になっているが、それでも完璧ではない。少し考えてみると、公共の充電ステーションを使うのはリスクが高い。


 となると、一番安全なのは。


「ここが俺の家だよ。今は俺しか住んでいないけど」


 俺はアパートの玄関を開けた。

 部屋の中には段ボールがいくつか積まれているが、整理するのは後回しにしている。掃除もできていないので散らかっているかもしれない。


「一人で住んでいるのですか」

「ああ。狭いと思うけど、適当に座っててくれよ。何か飲み物持ってくるからさ。冷蔵庫にジュースあるはず。炭酸飲める? それともお茶とかの……」

「私は飲食ができません」

「あ、そうだったな。いや、ごめん、悪気はないんだよ。つい癖でな」


 はは、と笑う。ミネは無表情のままだ。――違うよ、皮肉で言ったんじゃない。家に人が来るとちょっとテンション上がるというか、懐かしくなるんだ。


 冷蔵庫を開けると缶コーヒーがあった。二本しかないがちょうど良い。一本取り出してミネに渡す。もう一本は自分用だ。


「あの」

「持ってるだけでいい。時間を共有してくれれば」


 ミネは首を傾げている。どうせ外の世界にいるなら、人間の楽しみを理解して欲しいんだ。


 ミネは大人しく缶コーヒーを両手で握り、じっと見つめている。何を思考しているんだろう。

 アンドロイドだから感情なんてないはずだ。それなのに、なんだか人間らしい行動をとっている。というか、勝手に俺がとらせている、という方が正確か。


「カワカミチーフ、バッテリー残量が18%をきりました」

「うわ、もうそんなか」


 俺は段ボールが散乱した部屋にミネを招き、コンセントの近くにそっと座らせた。


「じゃあ、ソケットを開いてくれ」

「はい」


 ミネは自身の左腕にあるつまみを右手で掴むと、それをカチリと引っ張った。すると、腕のカバーの一部が外れ、内部が露出する。そこには急速充電用のコードと端子が内蔵されている。


 ミネはそれを取り出して、コードを俺に手渡した。俺はそれをコンセントに挿し、ミネの様子を確認する。


「言っておきますが」

「なんだ」

「コンセントからの充電はあくまで応急処置です。充電ポッドで充電するまでは私のデータが更新されませんので、それまでは私の指示に従ってください」

「指示?」

「はい。私がこの部屋を出て、他のアンドロイドと接触しないようにしていただきたいのです」

「どうして」

「私の体は機密情報でいっぱいです。外部の人間に情報が漏れると、あなただけでなく、あなたの家族にも迷惑がかかることになります」


 なるほど。つまり、こいつは俺の身の安全を守るために、外に出てはいけないということか。確かにそれはそうだ。しかし……。


「でもお前、いいのか? こんな部屋で……」

「この部屋も倉庫も変わりありませんから」

「……おい、皮肉かよ」

「事実を申し上げたまでです」


 相変わらず表情一つ変えず、無表情のままミネは答えた。


「充電が完了するまで省電力モードに移行します。会話はできるだけ最小限になさってください」


 ミネはそのまま目を瞑り、黙ってしまった。彼女が眠くなったわけではない。きっと休止状態になったんだろう。充電中はアンドロイドに動きがない。


 外に出てはいけないと言われたが,そんな悠長にしていられるわけがない。ミネのことは心配だ。早く使える充電ポッドを見つけないと。


「ミネ」

「はい」

「外に出るな,っていうのは頷けない。充電ポッドを探すよ」

「なぜ」

「……心配なんだ」

「ご心配なさらず。あと3回は充電が可能です」


 いやそういうことじゃ……。まあいいか。


 ミネが寝てる間に俺ができることは何もないので、部屋の片付けを再開することにした。といっても、散らかったものを段ボールに詰め込むだけなのだが。


 部屋のテーブルに置いてあった資料を、俺はそれとなく手に取った。とあるアンドロイドについての報告書だ。


「……アリス、フランシェリア……」


 そうだ。ピアノスシリーズの感情や表現のデータは、彼女から提供されたものだ。彼女の名はアリス・フランシェリア。世界で初めて心を持った女性型アンドロイド。その記録はあまりに膨大で、とても読み切れるものではない。


「ん?」


 気になった箇所があった。資料にはこうある。


――現在はフレア・アルメリアとしての活動を終え,雨の街に一軒家を構えて暮らしている。約100年前、人間の男性であるヴィルセン・フランシェリアと結婚。ヴィルセン氏は約50年前に亡くなっている――


 なんだこれ。わからない情報ばかりだ。こんな重要な情報,どうして新人研究員の頃に教わらなかったのだろう。いや、そもそもアンドロイドと結婚する人間がいるなんて、誰が想像するだろうか。いや、それよりも。


「フレア・アルメリア……?」


 ミネの充電が完了するまで、俺はその名前を調べてみることにした。そして俺は戦慄した。詳しくは言えないが、このアリス・フランシェリアは危険だ。もし彼女の中に宿るフレアの意思が起動されれば、必ず世界を混乱させることになるだろう。


「……確かめに,いくか」


 ラオレももしかしたら、アリスのそばにいるかもしれない。それはまずい! 俺はミネの充電が早く終わることを祈るばかりであった。

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