-6- ピアノス
「ごちそうさまでした」
ラオレは綺麗に平らげた皿をキッチンまで運び、洗おうとする。
「ああ、待って。私がやるわ」
「いえ、自分でやりますよ」
「いいからいいから」
「……アリスさん」
ラオレは真剣な顔でこう言った。
「これからしばらく世話になるのに、自分の使った皿すら洗わせてくれないのはちょっと」
「ふぅん。律儀ね」
「当たり前でしょう」
「分かったわ。じゃあお願いします」
「はい」
ラオレは丁寧に食器類を洗い始める。アンドロイドの仕事を横取りするなんて変な人。確かに家事を手伝うことを条件とは言ったけれど、何もここまでしなくても……。
「ねぇラオレ。そろそろ話してくださる?」
「何をですか」
「あなたがこの街に来た理由」
ラオレは手を止め、私をじっと見つめた。痛いところを突かれた、といった感じで、彼は鼻からため息をつく。
「……」
「言いたくないなら言わなくて良いの。でも、いつか教えてくれるかしら」
「……いや、話しますよ。カレーもいただいたし。俺には説明の義務がある」
ラオレは静かに返事をした。そして再び手を動かし始め、私の問いに答え始めた。
「あなたも知っているように、俺は数年前、豊かな心を持ったアンドロイドを量産するというプロジェクトを指揮していました」
過去形になっていることが気になったけれど、あえて触れないようにした。きっと話してくれるはず、と信じて。
「そうね。名前は確か……」
「『ピアノスプロジェクト』。豊かな心を持つアンドロイドに『ピアノス』という総称と名付けたのも、俺です」
ラオレは言葉を続ける。
「アンドロイドは人と共にあるべき存在だ。心を持ったアンドロイドと人間は互いに助け合い、支え合う関係であるべきだと俺は考えています。
そこで、心を製造当初から持っていたとされるあなたに協力を要請した。そうでしたね」
私は頷いた。ラオレは蛇口を捻り水を止め、タオルで濡れた手を拭いた。
私は彼が洗った皿を拭こうとした。すると彼は、それも自分でやると言って譲らなかった。もう。どうしてそんなに頑固なのかしら。頑固というか……意地っ張り? なんだか
「前から思ってたけど、ピアノスって素敵な名前だと思うわ。やっぱり楽器の『ピアノ』からきてるのかしら」
「まあ、そうですね」
「あのアンドロイドはプロトタイプだったけれど、素晴らしい作品だったと思うわよ。ラオレ博士」
「博士は、やめてください。もう、違うんで」
「……え、そうなの」
そんな、知らなかった。彼は研究を辞めたということ? それじゃあ、ピアノスは……。
「……失望しました? ま、仕方ないです。俺、そんなに強くないので」
「いや、そんな。……それなら、ピアノスはどうなったの。あなたが研究所を去っても、研究は続いているの?」
「順を追って話しますから」
はっとする。少し熱くなってしまったみたい。私は小さく「ごめんね」と彼に謝った。
「でも、ちゃんと教えてね。私、自分のデータを共有したことと、ピアノスの容姿のことしか知らないの」
彼は会釈して、シンクについた水滴を見つめた。
「ピアノスはまだ未完成品でした。もちろん、アリスさんの情報提供が不足していたわけじゃないですよ。生まれたばかりの心に学習させるのは難しい、ってだけです。心を育てるには、それ相応の環境が必要なんです」
「環境、ね」
「心が自然と豊かになる環境って、いったいどんな場所だと思います?」
ラオレの問いかけに、私は首を傾げた。
「うーん。……そうね。海とか山、かしら。自然の豊かな場所で暮らして、四季折々の変化を楽しむのも良いと思う。あとは美術館や博物館なんかの芸術に触れられる場所にも行ってみるといいかも。心を育むって、そう言う感じかしら」
そう答えると、ラオレは感心したように頷いた。
「流石です。あなたの意見からは経験を感じます」
「あら、それはどうも」
彼の声は低い。あの人――ヴィルセンに少し似ているかも。彼は私より少し身長が高い。私は身長が高い方だから、こういう風に見上げるのは久しぶり。ヴィルセンも背が高かったから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます