第32話 白紙撤回、破棄、解消!!


 セラヒムとミリオンの婚約は、ミリオンの母がオレリアン伯爵から彼女を護るために、プロコトルス公爵の母と取り付けたものだった。何故その様な経緯になったのかミリオンは知らされていないが、その契約に関してオレリアン伯爵が口出しできないものでもあったらしい。だからこそ、セラヒムがであるビアンカと結ばれるために、ミリオンは出鱈目な理由で切られかける事となったのだが……。


「この家の当主なら、私が神の声に従って、なりそこないのために生きていることも伝わっているだろう? このままだと駒にもならずに堕ちる未来しか見えないもんだからね。共倒れは嫌だろう?」

「その娘は黒天をよく輩出する我が分家の一つの血筋と、よく天使を輩出するオレリアン伯爵家の血筋を持った至宝と理解しておりますが。それを手放せと仰る?」


 丁々発止の遣り取りが繰り広げられているのだが、なぜか当事者であるミリオンだけが、何一つ分かっていない。けれど、分からないながらも気持ちは決まっていた。


(店主様、がんばって!! 白紙撤回、破棄、解消!! 望むところです――!!)


 心の中の精一杯の声援エールは老婆や公爵には聞こえてはいない。だから緊迫した遣り取りをする2人の緊張感は変わらない。それどころか、老婆から黒い不穏な魔力の靄が微かに湧き出始めた。


「護ることも出来ないなら持たぬ方が身のためだと言ってるのさ。何も剣になる力を持つのは焔使えんしだけじゃない。堕ちればどの使徒も滅びをもたらす力に取り憑かれる。もう一度言うよ、共倒れは嫌だろう?」

「次男とは言え、あれは野心に溢れた見どころの有る男です。親である私があれの駒を、そう簡単に捨ててしまっては親の立つ瀬がないでしょう?」


(ナニコレ!? ピリピリしてるわ! けどこれってわたしの話よね!? なら、事情をちゃんと分かってるわたしが、これだけは言っておかなくちゃ!)


 場の空気をぶち壊す「はいはいっ!」と云うミリオンの挙手を伴った間の抜けた声が響く。呆気にとられた老婆と公爵の反応を、発言の許可だと解釈したミリオンは勢い込んで話し始めた。


「あのですねっ、わたしが家を出た3か月前にはとうにセラヒム様から婚約の白紙撤回を望まれておりましたし。あまつさえ、わたしが死んでいた方が都合が良いと、この眉間に向かって剣を振り下ろされましたの! ですからセラヒム様はこの婚約が無くなることに何の異論もあるはずがありませんわ。とは言え、婚約の取りやめにあたっては命を失いたくはありません。けれど、セラヒム様にも運命の恋人がおられるのですから死なれるわけにはいかないと思うのですけれど……。誰も死なずに解消する方法があるのでしょうか?!」


 一息に、思いの丈を捲し立てたミリオンは、達成感と緊張感で頬を赤く染めている。あまりの予想外の内容に言葉を失っていた2人は、彼女の必死の形相に気付くと頬を緩めた。


「書類だけで大丈夫だよ。格上の公爵家と、なにより私が認めるんだから。公爵様はきっと私の願いを聞いてくださるはずだよ?」

「我が愚息がそこまでのことを……。愛に生き、蘇生の御業を成し得たお方の子孫として、今の話は聞き捨てならないものでしょう。貴女様の怒りを買わぬ為に、望みのままに運びましょう……」


 寸前の遣り取りが嘘の様に、すっかり意気消沈した公爵が老婆に黙礼するのを不思議に思いながら、更にミリオンは「蘇生の御業」はどこかで聞いたことがあるなと思いつつ、首を捻る。世の中にはミリオンの知らない出来事がまだまだ沢山有るらしい。




 この日、セラヒムと、ミリオンとの婚約が、プロコトルス公爵と、国王も認める『とある有力者』によって正式に撤回されたのだった。

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