第26話 推し補充休暇


「天使」に一目惚れしたペシャミン。

綺麗な少年リヴィ」に一目ぼれしたミリオン。


 同じ一目惚れではあるけれど、ミリオンはひたすら、ふわふわ幸せな温かい心地になっただけなのに、ペシャミンはどこか苛々キリキリしている。ミリオンの姿を見付けては、オレリアン邸の口うるさいメイド長の様に些末事をあげつらって来る。えらく攻撃的だ。


(せっかく推しを見つけられたのに、嬉しい気持ちにもなれないなんて勿体ないわ。どうしてペシャミン様はあんなにツンツンしているのかしら? うーん、わからないわ)


 ペシャミンの隅つつき口撃を避けるために素材収集も兼ねて林を訪れていたミリオンは、延々考えながら背負い籠に木の実や枝、花や果実をポイポイ入れ続ける。結果、いつも以上にこんもりと籠から盛り上がった採取品は、風魔法の助けを使って運ばなければ持ち上がらない程になってしまった。


 肩からお尻までをすっぽり隠してしまう大きな籠から、まだ頭の高さを超えて盛り上がって集められた採取品を薫香店に持ち帰ると、ペシャミンは目を大きく見開いて固まり、アル爺はあんぐりと口を開き、コゼルトは気遣わし気に眉を顰めた。


「フローラ!? 何か悩みでもあるの!? それとも体調でも悪いんじゃない?」

「へぁっ!? 至ってケンコーですわっ??」


 でなければ、一日中林を歩き回ったりしない。そう言い掛けたところで、コゼルトの視線が籠から飛び出したまだ青い木の実に注がれていることに気付いた。


「あれ? わたしったら、何で摘み頃じゃないものを……わわっ! こんなたくさんっ!?」

「気付いてなかったのかい? 表情もどこか晴れないし、ホントに悩みとか有るんじゃない?」


 真剣な面持ちで「ペシャミンだったらガツンと言い返して構わないからね」などと言って心配してくれるコゼルトに苦笑を漏らす。


「ペシャミンさまにはいつも助けられてばかりです。……けど、コゼルト店長には叶いませんね。正直に言えば、ちょっとだけ元気が足りないんです。分かっちゃいますか?」


 山盛り籠を運んだミリオンに体調不良の心配をするのは普通ならおかしいのだけれど、コゼルトはその中身をちらりと見て異常を察したらしい。


「分かるさ! いつもは摘み頃、食べ頃の物だけを驚くほど的確に採取してくる君が、こんな質の物ばかりを、これだけ大量に持って来るなんて異常すぎるでしょ!?」


 そう、今日持ち帰った籠の中身は、どこかくすんでいたり、熟しきっていなかったり、微かに萎れていたりと品質はいつもに及ばない2級品、3級品ばかり。どうしたことかと考えるでもなく、その原因には心当たりがある。


(推しの癒しが……元気チャージが出来ていないもの)


 採取時の物足りない心持ちが、そのまま今一つな結果に繋がったらしい。


(いつもなら楽しくおしゃべりをしつつの採取だったのに、『使徒の虹祭り』前日から今日までの8日間、リヴィが来てくれていないのよ! 推しが足りないわ――!)


 採取に訪れる林の中でリヴィオネッタに会っていることは、薫香店の面々には知られていない。一人で上機嫌に日がな一日、木立の中を彷徨っている――と思われているのも複雑だけれど、「ワケアリ貴族」であろう彼のことは告げたくない。ただ、祭り以降は彼らの勘違いが現実となってもいるわけで……。


「お祭りで重い翼を背負って歩き回ったその日から、すぐに仕事をしてくれたし、フローラは頑張りすぎてるんじゃないかな? 君は私の恩人で、私の恩返しをしたいって云う一方的な願いを聞いてここに居てくれているんだから。どうだろう、ちょっとお休みを取ってみたら良いと思うよ」


 にこりと微笑みながらコゼルトがミリオンの頭をそっと撫でてくれる。壊れ物みたいに優しく触れる手付きは、本気で心配しているのが伝わってくるくらい慎重で、気持ちが暖かくなる。とは言っても、ずっと働き通しなのはペシャミンも、アル爺も一緒だ。「ずるい」と思われるんじゃないかと、そっと様子を伺うと、アル爺はコゼルトと同じ柔らかな笑みを浮かべている。いつも「忙しい」と零しているペシャミンは、さぞ不機嫌だろうと思いつつ視線を向けると――――なぜか満面の笑みに行き当たった。


「ペシャミン……様?」

「ふ・ふふ。――いや、お前がしばらく居なくたって俺一人で充分に店は回せるんだ。旦那様もそれがちゃんと分かっていらっしゃるんだからな! なんならずぅっと休んでくれても構わないんだからな!!」


 どうやら、ミリオンの居ない穴はペシャミンが充分に埋めると、コゼルトに仕事ぶりを買われたことが嬉しくて仕方ないらしい。


「そもそも綺麗な天使さまの足元にも及ばない、お前みたいな『できそこない令嬢』が居なくたって全く問題ないんだから――っぃてっ」


 調子付いたペシャミンの言葉が、ただの悪口になろうとしたところでコゼルトの手が彼の頭頂部をグリンと抉る。


「勿論ペシャの仕事は買っているよ。けど悪口はダメだね? 身分問わず、どんなオンナノコにも、天使にも嫌われるんじゃないかな」

「ちゃんとしたご令嬢にはそんなこと言いませんよ!」


 なかなか辛辣なコゼルトの発言に、ペシャミンが若干気の毒になったが、しっかりミリオンを下げて来るのは安定の『ツンだけ』ペシャミンだ。


「お前目当ての奴にも、俺が頭下げてやりくりするんだからな! 感謝して、さっさと行っちまえ!」


 と思ったら、意外に今回は『デレ』もあったらしい。

 こうしてミリオンの休暇が確定したのだった。

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