第23話 平民パレードと貴族パレード


 間近に迫った貴族街の方向を見遣れば、あちらはあちらで始まったばかりのパレード出立の場に集った大勢の観覧者が、稀有な晴天の虹と、珍しい平民のパレードに興奮し、大歓声を上げている。


 ミリオンは、沿道を埋め尽くした大勢の人々に囲まれながらも、ちらりと見えた豪奢な馬車に視線が釘付けとなった。


 6頭もの祭礼用白馬が牽く勇壮な姿や、隙間なく施された装飾のち密さ、黄金に輝く車体の豪華さに目を奪われた訳ではない。


 その中に乗った人物の一人に見覚えがあった――いや、よく見知った人物にとてもよく似ていたからだ。


(髪の色は茶色で違うけど、あの顔立ちはリヴィ!?)


 そう思ったものの、更によく見ようとしたところで群衆に視界が遮られて確認することは叶わない。それに、ミリオンの良く知るリヴィオネッタならば、悪戯使徒らしくクルクル変わる朗らかな表情が特徴的なはずだ。けれど見かけた茶髪の少年は、美しい顔立ちであったものの冷たく固い表情で、静かにただ進行方向のみに視線を向けていた。


「フローラ! あたし初めて王様や、王妃様を見たわ!! それに王子様達も、とっても素敵だったわね!」

「ちぇっ、女なんて王子様と見ればデレデレとするんだからさぁ」

「そう言う君だって、使徒の綺麗なお嬢さんたちをポーッと見詰めちゃって。ほら、まだほっぺたが赤いよっ」


 平民使徒たちが、至近距離で目にした貴族街のパレードに、興奮冷めやらぬ様子で口々に感想を捲し立てる。


「え!? 使徒っ」


 その言葉に、ミリオンは最近の幸せな薫香店での暮らしで忘れかけていた、義姉ビアンカとセラヒムの姿を思い起こし、言葉に出すのと同時にギクリと身体を強張らせる。すると、動揺とともに魔法操作が乱れてしまったのだろう。急に背中が重くなって、後ろにひっくり返ってしまった。


「きゃあ! フローラちゃんっ!!」

「ぅわあっ!! やっぱこの羽根でかすぎるって」

「フローラちゃん、起きられる?」


 至近距離にいた平民パレードの使徒役たちにあっという間に囲まれる。背中のくしゃりとした柔らかな感覚に嫌な予感を抱きつつ、3人に寄ってたかって助け起こされ、座る格好になった。


「わっ……わたしは大丈夫! 何だか柔らかかったから」


 にこやかに言った途端、3人の視線はミリオンの肩から背中に注がれ、一様に気の毒そうな表情になる。そして揃って「大丈夫だよ」「名誉のナンとかってやつだ」「藁冥利に尽きるってヤツだよ」などと励ます言葉を掛けてくる。となると、翼の末路は、見ずとも容易に想像できた。


「あぁ……。折角の皆様のご厚意を無駄にしてしまったんですね」


 半泣きで呟くと同時に、これまで途切れなく魔法を使っていた緊張感まで途切れてしまったのだろう。ミリオンは、両肩から力が抜けて、がくりと項垂れてしまった。


 落ち込むミリオンの周囲に、慰めようと沢山の平民パレードのメンバーが集まる。どこかほのぼのとした空気に包まれる中、そちらに鋭い視線を向ける者がいた―――。







 人の波よりも一段高い神輿馬車フロートの上。そこからは、周囲の景色がよく見えた。


 並み居る人々の羨望の眼差しと、嫉妬の視線。そのどちらもがビアンカを一線を画した存在足らしめる気がして、彼女を愉悦感に浸らせていた。


 けれど、自分への注目を阻害するように、みすぼらしい平民の行列が近付いて来たのみでは飽きたらず、空までもがこれ見よがしに虹をつくって、自分に向けられるべき注目を奪い去ってしまった。


(許せないわ、天使の私を差し置いて目立とうとするなんて! 身の程を弁えなさいよね)


 邪魔をする平民たちを得意の光魔法で脅せば、虹よりも注目を浴びられるし、平民も身の程を知るかもしれない――ビアンカはそう考えて、唇をペロリと舐めつつ獲物を探す。


(見付けた! 丁度良い「的」が!)


 ニヤリと口角を引き上げた彼女の視界には、お誂え向きに、藁で出来た大きな翼を背負い、頭に布をグルグルと巻いた平民が捉えられている。ならば、光の熱で瞬く間に大きな火を上げることだろうと狙いを定め、実行に移そうとしたところで―――


(えっ!? 消えた? 居なくなった!? くぅっ、紛い物のくせになんて腹立たしいの!)


 人の波に紛れたのか、大きな藁を背負った平民の姿は見えなくなってしまった。実際には、藁を背負った人物・ことミリオンは、消えたわけではなく転倒していただけなのだが。


「出立―――! 出立――――!」


 ビアンカが「的」を見付けるよりも先に、貴族パレードの開始を告げる声が上がり、神輿馬車フロートを取り囲んだ楽隊が華やかなファンファーレを鳴り響かせる。楽隊の歩調に合わせてゆったりと進みだしたパレードに、再び観衆の注目が集まりだすと、ビアンカはようやく魔法の行使を諦めて、誰よりも天使らしい美しい微笑を作ることに専念するのだった。



 予期せず接近し、遭遇を免れた2人は互いの姿を認識することなく離れることになった。


 ただ、黄金色の馬車の中、終始仏頂面だった茶色髪の少年は、その時だけ濃く深いエメラルド色の瞳を輝かせ、微かに頬を緩ませていたのだった。

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