第21話 使徒の虹祭り(ミリオンside ~ ビアンカside)


「ごめんねぇ、あたしらも止めきれなくって」

「あの人らも、悪気はないんだけど……。お嬢ちゃんが着て・歩く事が抜け落ちちまったんだろうねぇ」

「今回は皆が張り切ってい――っぱい材料も作り手も集まったから、いつもにない力作なのは確かなんだけど」


「「「やっぱり重いよねぇ……」」」


 はあ――――……と、ため息をつくご婦人がた。


 貴族ならば野鳥の羽をふんだんに使って再現される使徒の翼も、平民では材料の調達から無理なことは解りきっている。そんな状態のいい羽根があったら、寝具用やコート用、はたまた装飾品として貴族に買い取ってもらえる。だから、儲けにならない一回使い捨ての祭り用衣装に回すなんてことは無い。


 なので、庶民のお祭りで使用する使徒の翼は例年『わらとススキ』で作られている。


 ……のだが、今回は周囲の気合が入りすぎた結果、例年なら背中に収まるサイズだった翼は、長さ・厚み共に3倍以上のボリュームとなってしまった。


 ミリオンと翼のハリボテを支えつつ、ご婦人がたは眉間に深い皺を寄せて「あのバカ亭主共に言ってすぐに作り直させられないもんかね」「こんなデカブツ迷惑だよねぇ……あんの阿呆達は碌なことしやしない」などと、今にも文句を言いに行きそうで――


「だっ…大丈夫です! わたしこう見えて、結構力持ちなんですよ!」


 折角作ってもらった翼のハリボテは、質素であるものの、細やかに作り込んであるのは一目瞭然だ。藁やススキを鳥の羽根に見せるため、刈り込み束ね、編み込んで幾つも連ねてある。


(わたしのために、こんなに手の込んだものを作ってくださったなんて! なんて嬉しいの!)


 実用に向かない重量欠陥があるものの、オレリアン邸で虐げられ続けていたミリオンにとっては、母以外から受ける好意が殊更稀有だった。だから重量問題による嫌悪感情よりも喜びが大きく上回っている。


(なんとかこの翼を着こなしたいわ! けど重すぎて一人では真っ直ぐ立てないのよね。フワリと浮いてくれれば……そっか! 『風』の魔法をこっそり使い続けて『浮かせる』ことにすれば、ちょっぴり疲れるけど普通に動くことが出来るわ!!)


 仕舞いには、やっとのことで使える細やかな魔法での解決策をも思い付いてしまったのだった。





 貴族街の『使徒の虹祭り』は、使徒の家系とされる王族や貴族家から、その特徴を色濃く顕す者が選ばれてパレードを行う。王族を乗せた豪奢な馬車を先頭に、虹をモチーフにした神輿馬車フロートが続いて街中を巡行するのだ。神輿馬車フロートは屋根の無いオープン形状で、一際華やかな使徒姿の4人を乗せて沿道や観覧席に詰めかけた貴族らに披露する。


 例年通り、焔使えんし役は過去実際に焔使が現れたと伝えられるプロトコルス公爵家由縁の令嬢が就き、黒天こくてん役、翠天すいてん役には伯爵家以上の有力貴族から、容姿端麗な妙齢の令嬢らが選ばれている。そんな中、今年ひときわ話題を集めていたのは、初めて天使役に抜擢されたオレリアン伯爵家のビアンカだ。


 王城前に用意された、出発前の神輿馬車フロートの側には、使徒役と、その関係者が集っている。


 天使役のビアンカのもとには、伯爵と夫人の他、優しげな笑みを湛えるセラヒムが訪れて、出立前の歓談を交わしていた。


「ビア、私の婚約者の君が天使に選ばれるなんて、とても鼻が高いよ」

「当然ですわ、セラヒム様。ほど天使に相応しい容姿と魔法力を持った者などおりませんもの。誰よりもが目を惹くに決まっておりますわ」


 当然・と胸を張るビアンカと、それに同意して大きく頷く夫人も大層満足げだ。周囲からの視線を誇らしげに受けている。


 確かに、祭りのために仕立てられた純白の翼を背にした彼女は、神話に描かれた通りの、文句の付けようのない天使そのものだ。けれど、セラヒムは何処か冷えた目でビアンカを見下ろすが、初めての大役に興奮した彼女は気付かない。


「では、に頑張ってくれたまえ。可愛いビア?」


 ビアンカの返事を待たずに踵を返したセラヒムに、オレリアン伯爵が慌てて追い縋った。自己愛が強く、保身に長けた彼は、正確に公爵家子息の興が削がれたことに気付いたのだろう。


「ビアンカは必ずや貴方様のご期待にお応えして、人心を掴み、お役に立つことでしょう。プロコトルス公爵家庇護の末席に近侍する私共を、御見守りください」

「あぁ、伯爵は良くわかっていて助かるよ。その調子で私のためによく尽くしてくれ。可愛いの活躍を楽しみにしているよ」


 僅かに振り返ったセラヒムが、にこりと笑みの形をとった口元にそぐわない、酷薄な光を湛えた煉瓦色の瞳をすぅと細める。


 セラヒムに有益ならどちらの娘でも構わない。2人はまだ同列であり唯一ではないから、精々尽くすように――そう言われた気がして、オレリアン伯爵は笑みを浮かべながらも、ぎりりと奥歯を噛み締めた。


「セラヒム様! 私をしっかりとご覧になっていてくださいまし! 比類ない天使として羨望を浴びて、誰よりも注目を浴びてみせますから!!」


 ビアンカの空気を読まない明るい声が響き渡る。けれど、既に背後の護衛の兵士達に見え隠れするセラヒムは、一瞬たりとも足を止めることはなかった。

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