第15話 オレリアン伯爵家の天使と、できそこない令嬢

 

 コゼルトから話の先を促されたペシャミンは、しぶしぶ口を開いた。


「オレリアン伯爵家の天使と、血統を裏切るできそこない令嬢の話です。使徒になるべく血筋を引きながら、魔法も容姿も何一つ得ることのない醜女しこめは、その心根も同様だと。気位ばかりが高く、学園でも他家の者たちから浮いた存在とも聞きました。」


 諫められながらも、まだちらちらと懐疑的な視線をミリオンに向けるペシャミンに、コゼルトが「困った奴だ」とため息交じりに呟く。けれど貶された筈のミリオンは、けろりとして「そうですね。わたしが言われているのと同じです」と認めてしまった。


「母から伯爵様に無理を言っていただいたおかげで1年の間、学園に通わせていただきました。わたしは満足でしたが、誰も近付くことが無かったのはそう云うことなのでしょう」


 12歳を迎えた貴族の子らは、将来の実りある人脈を築くため、より条件の良い交流を掴み取るために、3年間の王立貴族階級学園が推奨される。ミリオンも当然通えるものだと思っていたが、父伯爵には全くそんな気はなく、母の働きかけによって渋々認められた入学だった。母が生きているうちは学園や家で思う存分学ぶことが出来て満足していたが、思い返してみれば親しく話し、友好を深められた人間はいなかった。


 実際には、ミリオンに問題があったわけではない。オレリアン伯爵が「天使」の素養の高いビアンカを跡取りとして周知するため、あちこちの社交の場でミリオンを疎む素振りを見せていたせいだ。


「いや、どう考えても君の気位が高いわけなんてないでしょう」

「そうなのでしょうか」


 思わず突っ込んだコゼルトに、ミリオンが自信なさげに肩を落とすが、その反応が既に気位の低さを物語る。


「とにかく、君はしばらくここに居ること。悲しいことに、僕の店は人気店とは言えないけれど、だからこそ落ち着いて過ごせると思うよ? ペシャミンのことなら大丈夫だからね。この子は、少し荒々しい物言いをすることはあっても、人の情の分かる良い子だから」

「良い子って……! 旦那様! また俺を子供扱いして!」


 こうしてミリオンは、コゼルトの強い勧めによって『コゼルト薫香店』の世話になることになった。




 * * * * *




『コゼルト薫香店』は、庶民用の店が軒を連ねるメイン通りをずっと進んだ先。町外れの林に程近い場所にポツンと建っている。香草に花、果実に香木を使うから、材料採取するのに都合の良い場所――と云う理由での立地だ。そんな場所にあるから破落戸に襲われてしまったのだけれど……。


 赤レンガの壁に木造の屋根、入り口の上に大きく掲げた看板には『コゼルト薫香店』の文字と、何種類もの草花がレリーフとして刻まれている。庶民の店としては珍しい2階建てで、一階は店舗と調香室、工作室、保管庫。二階はコゼルトや、奉公人の居住スペースといった構造だ。


 一部の玄人相手の商売ではあるものの、その中には貴族も含まれており、お陰で庶民街の中では比較的大きな店を持つに至っている。必需品を扱う訳でもなく、多くの客が並ぶ類の店でもないから、従業員は必要最小限だ。店の主人であるコゼルトに、店の作業を先代から手伝う老爺、奉公人のペシャミン――たったそれだけの人数で充分に事足りていた。


 ところが、ミリオンが身を寄せるようになって想定外が起こり始めた。


「いらっしゃいませ! 順に店舗内へご案内いたしますので、少々お待ちいただいても宜しいでしょうか? あ、お会計はこちらですが、そちらの列にお並びください」


 今日も、ペシャミンが客の列を誘導する元気のいい声を響かせる。


 コゼルトは、当初ミリオンを『客人』として遇していたのだが、何もしないのは落ち着かないと強固に訴えるミリオンに根負けし、手伝いを任せ始めたのだ。すると、ほんの少しのつもりで教え始めた採取や作業は勿論のこと、新商品の提案においても彼女は優秀さを発揮した。彼女の案で作ったサシェやハーブティが店頭に並ぶようになると、あっという間に客足が延び始めたのだ。


「さすがの手際のよさですわ、ペシャミン様!」


『最後尾こちら』の看板を持ってオロオロしていたミリオンが、一瞬で混雑を解消させたペシャミンに目を輝かせる。


「お前とは年期が違うからな! って、そんなところに列を誘導しちゃダメだって。お客様の誘導は俺が引き受けるから、商品の補充を頼むよ。――って、愚図だなぁ! そんな効率の悪いことしてるから、まだ陳列も終わってないんでしょ? え、終わった? は、早さだけじゃダメだね。要領を得た仕事じゃないと。ほら、ここの香水瓶の並びだって違ってるんだよ。それは俺みたいに慣れた者にしか分かんないんだけどね。何で旦那様は俺がいるのに君みたいな役立たずを雇ったんだろう。そもそもここは俺一人でも大丈夫なんだから・ぃて!」

「ペシャ、お喋りもほどほどにだよ」


 奥の調香室から、作りたての香水を持って来たコゼルトが、いつものように「お前なんか要らないんだぞ」と続けようとしたペシャミンの頭に拳骨を落とす。困ったことにペシャミンは、何かとミリオンを目の敵にしてくって掛かるのだった。

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