暗闇に生まれる物語

管野月子

EMPIRE of LIGHT / エンパイア・オブ・ライト

 切っ掛けは、新しくできる映画館の話をしたことだったと思う。

 十スクリーンほどになるシネコンで、どんな作品が来るのかと話していた先、そう言えば学生の頃よく通っていたミニシアターは今、どんな作品を扱っているのだろうと軽く検索してみました。そこで見つけたのが、「EMPIRE of LIGHT / エンパイア・オブ・ライト」です。


 予告編では「英国の海辺に佇む映画館。エンパイア劇場」とのナレーションから、灰色の雪の中に浮かぶ古い劇場の外観が映し出されていく。その荒涼とした空気感に、あ、これ観に行くわと、思った通りになりました。


 とはいえ、何かと忙しいくなっていた年度末。二月の末から上映が始まっていたのですが、どうにか時間を見つけて行ったのは三月下旬。監督も出演者もチェックせず(それはいつものことですが)、予告編のわずかな情報だけで映画館の席に座りました。

 始まりは寒々とした雪と海辺の映画館――エンパイア劇場。


 時は1980年代。朝、お気に入りのマグカップにコーヒーを入れるように、変わらない日々の一つとして映画館は開店準備を始め、地元の人々が一人二人と通って来る。変らない、日常の一コマ。

 それもそのはずで、エンパイア劇場が栄華を極めていた時代は終わり、幾つもあったスクリーンの内、稼働しているスクリーンは確か一つだったように思います。

 廃墟と化した上階のフロア。そこには野鳥が入り込み棲みつくほどに荒廃した空間でした。うん、好きです。気怠い、どこか廃退的なこの空気感。


 マネージャーとして働く主人公ヒラリーも決して若いと言えない年で、心に闇を抱え、人と深いかかわりを避けるように生きている。人生に流され、都合のいいように使われている。主人公を見守る劇場の仲間たち。

 そんな折、新たに雇われたのは進学を阻まれた黒人青年、スティーヴンでした。彼との出会いが、淀んでいたヒラリーの心に一筋の光を落としていく。そんな物語です。


 新年を祝う打ち上げ花火。

 廃墟のフロアで見つけた小さな生き物とのひと時。

 仲間たちと他愛ない話をして、ささやかなデートを重ねる。


 けれど、時代は厳しい不況の中。

 社会不安のはけ口は、弱い者、虐げられた者たちへと牙を剥く。


 現代のこの国では見ないような出来事も、かつての時代には当たり前にようにあって、涙した人たちは数え切れないのだと思います。それでも暗闇に生まれる物語のように、人々は光を放ち前へ向く。

 季節を越え、樹々が緑に芽吹こうとするように。このしなやかな強さは、人に備わった力なのだと思い出させてくれます。


 どうぞ、機会があればぜひご覧ください。



監督 サム・メンデス

主演 オリヴィア・コールマン(ヒラリー)

   マイケル・ウォード(スティーヴン)


二〇二二年 / イギリス・アメリカ

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