5-3

「フレシネ キュヴェ エスペシアル、貴女の事は忘れません。例え貴女自身が忘れても、フィオーラが覚えています。これからもずっと」


 ロブマイヤーがそう呟き、フィオーラから絹帯を取り地面に横たえると、それまで無反応だったフィオーラに変化が起きる。長い黒髪は短い金髪に、身体は徐々に大きくなり人間のそれに、顔つきも変わり、十数秒もすると、そこには


「フレア! フレアなのか!?」

「カヴァ……」

「フレア! 会いたかった」

「カヴァ、私も……」


 そこに居たのは十代後半と思われる少女だった。おそらく能力を発動した時点で人としての成長が止まった為だろう。だが、そこにカヴァも少女も、互いの見た目に関して一切の戸惑いは無かった。

 カヴァはそれ以上の言葉を紡ぐことなく、に抱きつきながら嗚咽を漏らした。フレシネもそれを受け入れ、暫くお互いに再会を喜び合う。ロブマイヤーはただ黙って遠くからそれを見ていた。

 そして、先に口を開いたのはカヴァの方だった。


「フレア、私はもう……」

「良いの、全部聞こえてたから」

「! そうなのか……」

「ええ、この国の中で起きた事は全部分かっている。だからカヴァが帰って来てくれた事も分かってた。伝えられなかっただけで」

「そうか……じゃあ、私がやろうとしている事も」

「ええ、ただ……カヴァ、貴方は勘違いしている事がある」

「勘違い?」

「私の能力は、かつてのシャンパーニュの事ができる能力」


 カヴァの表情が固まる。理解が追い付かないカヴァにフレシアはさらに続ける。


「この国はもうとっくに滅んでいるの。貴方が出て行ってすぐ内乱で」

「そんな…そんな馬鹿な! 私は……幻の中で何十年も暮らしていたというのか!?」

「そう、私は死の間際、ただカヴァの帰りを待ち続けたいと、貴方が帰ってきた時そこに国と私が存在しないと知ったらどれだけ絶望するか……それだけを考えた。そこで初めて能力に目覚めた。ただ、それは余りにも大きな能力で、負担が大き過ぎて私自身は人の形を保てなくなってしまった……」


 膝から崩れ落ち、震え打ちひしがれるカヴァをフレシアは優しく抱きしめ、口づけをした。何十年と待ち焦がれていたその行為すら、今のカヴァには慰めにすらなっていないようだった。


「愛してるわ。カヴァ。今でも、そしてこれからも。それだけは、ずっと変わらなかった真実よ。カヴァは、どうなの?」

「……僕もだ。愛している、それを……伝えたかった」

「嬉しい」


 そう言うと、フレシアは満足そうに微笑み、その場から消滅した。後に残ったのは抜け殻となった枯れ木と、全てを失った老人と、人形が一体。それだけだ。

 ロブマイヤーは暫くその場で様子を見てから、カヴァに声をかけた。


「これが真実です。満足されましたか?」


 ややあって、カヴァは顔を上げた。そこには、どこか満足気で、しかし何かを後悔しているような、そんな表情が垣間見えた気がした。


「……ええ。終わらせてください……全てを」

「分かりました、安心してください。貴方が貴方自身を忘れても、フィオーラが貴方の事を覚えています。貴方は彼女の記憶として残り続けるのです」

「…フレシネも?」

「ええ、勿論です」

「そうか。それなら、私のしてきた事は……」


 最後の言葉を言い終える前に、カヴァは眠りについた。

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