第5話 千差万別な隣人
そんなはずはないのに、脳裏に浮かんでくるのは悲惨な目にあった金田くんの姿。
ごくりと喉が鳴る。
初めて会うひとだというのになんて想像を巡らせているのかと、内心おどろいた。特段、彼のことを憎く思っているわけでもないのにどうしてそんな想像をしたのか。
声だけじゃなくておかしな物も見えはじめたのなら、色々ちょっとヤバイ。奇妙な妄想をふり払おうと小刻みに首を震わせていたら、金田くんはふいっと顔を背ける。
「嫌ですよ、シェリンさん。そんなに見つめて。ぼくの顔に何かついてましたか?」
「いえ、そういうわけじゃありませんよ」
否定する。いけない、うっかりじっと見つめてしまったらしい。金田くんは不思議そうに首をかしげている。とてもじゃないけれど、本当のことは言えそうにもない。
「毒を飲み、命を落としたはずじゃない」
という言葉が喉まで出かかり、あわててエイヤと飲み込んでおく。
どこをどう見たって元気に生きている。根も葉もない妄想で不安に駆られてしまうだなんてどうかしていた。転校で緊張したせいか、ちょっと疲れていただけだろう。
気を取り直して、ひとりひとりみんなの名前を覚えようと奔走する気で意気込む。さあいらっしゃい。かかってくるといい。
気合は十分だった。
でも、
「その辺でお止しなさい」
とストップが掛かった。
右前方の席。ちらりとふり返りながら、みんなを嗜める声がすうっと通っていく。みながみな、一様にぴたりと静まり返る。
おお、すごいと驚く。鶴の一声とは正にこんな風なことをいうのだろう。はたまたそれは天の声という方が近かったのかもしれない。言い方がきついとか声が大きいとかいうわけでもないのに、なぜだか従わなければならないと思わせる重みのある声。
黒くて長い髪に赤の鉢巻きのようなものを着けている。豪華な装飾も施されていてどこか民族的なものを感じさせる風体だ。切れ長の目をうっすら細めつつ、話した。
「一度に言われても混乱するだけ。それに今はまだHR中なのだから、後になさい」
「うん、ごめんね。
様?
卑女呼と呼ばれたその女の子は、ちらとだけ私に目をやってから前へと向き直る。思わず背すじを正してしまうような威圧感を持っているけれど、ごくりと息を呑んでしまうくらいには綺麗な子でもあった。
彼女の視線にほだされたのか。それぞれがまっすぐに向き直るのを待ち、アイリン先生はニコリと満足げにほほ笑んだ。
「それじゃあ名乗る代わりに出席を取りましょうか。シェリンさんも準備はいい?」
はい、と元気よく返事を返したものの。覚えられるだけ覚えなきゃだと思い、急に肩へとプレッシャーがのしかかる。聞き逃さないようにこっそりメモを取りながら、クラスメイトの名前を必死に覚えていく。
ええと、
人種も性別も多種多様なクラスメイトの面々に、私の脳細胞は悲鳴をあげていた。フル回転させて緋色に染まったんじゃないかと思われる頃には、出席が取り終わる。
「はい、以上四十名。みなさん居ますね」
一瞬の間が空き、ザワザワと声は騒ぐ。
なんだろうか。男、女ともに数は半々。私を含めてちょうど四十人。誰ひとりとして休むこともなく、和気あいあいと過ごしている様を見るには平和そうだけれど。
アイリン先生はパチンと手を合わせた。さて問題です。と名を問われたら私は非常に困ったことになる所だったけど、そんなイジワルされることもなく授業が始まる。
教科書を開いてと言われ、机の上に置かれていた教材に手を伸ばしてみるけれども内容がずれていた。おかしいと思って確認してみたら去年の教科書だったとわかる。
用意されたものがちがっていたようだ。そんなことってある? と首をかしげた。
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