ダンジョンランキング~俺だけ使える瞬間移動で下剋上~

モンチ02

プロローグ

 


 ――2020年――



「ただいま~」


「ちょっと待ってください!」


「……お父さん?」


 学校から帰宅すると、工場の方からお父さんの大声が聞こえてきた。


 アタシ――ひいらぎ鈴乃すずのの家は、ヒイラギ製作所という小さな町工場を営んでいる。


 社長のお父さんは、一年前に亡くなってしまった職人気質の祖父とは違い、温厚で優しく怒ったことなんて一度もない。一人娘のアタシにも、少ない社員にだって常に腰が低かった。


 そんなお父さんが工場の外に聞こえるほど声を張ったのは初めてで、アタシは酷く驚いてしまった。


(なんだろ……)


 気になったアタシは工場に足を向かわせ、ドアを少し開けて中を覗き見る。

 そこには油塗れのつなぎ服を着ているお父さんと、ピシッとした高そうなスーツを纏っている青年が話をしていていた。


 誰だろう……あんな人今まで見たことないけど。仕事のお客か?


 なんにせよ、良い雰囲気でないのは確かだ。じっと様子を窺っていると、青年がうんざりした顔を浮かべながら口を開いた。


「何度も言わせないでくださいよぉ柊さ~ん、もう一年前に決まったことなんですって。帝国ギルドは、おたくとの契約を切ることにしたんです」


「そこをなんとかお願いできませんでしょうか! 今までうちは帝国ギルドさんとずっとやってきたじゃないですか! なのにどうして……!」


「どうしてって言われてもねぇ。柊さんとこで作ってもらっている魔道具のジョイントパーツは、自社でもとっくに開発しているんです。

 それも、おたくの物より生産コストが安い上に性能も変わらない物をね。こんな従業員が数人しかいない小さな工場で生産なんかコスパが悪いんですよ。おたくはもう必要ないってことなんです」


(あいつ、帝国ギルドの人だったんだ……)


 仕事のことはあまり興味がないアタシでも、帝国ギルドという名前ぐらいは知っている。


 お父さんが作っている部品は、帝国ギルドという会社に納品しているからだ。つまり、あのいけ好かない青年はヒイラギ製作所うちのお客様ってこと。


「今まではね、柊さんとこの先代の社長に、僕のお父さ……帝国ギルドの社長が世話になったからって、お情けで契約していただけなんですよ。でも、その先代の社長も去年亡くなってしまったでしょう? 先代社長との個人契約も今日で切れたし、これ以降契約する義理もないってことですよ。

 正直言って、おたくはうちの膿なんです。とっとと取り除きたいんですよ、分かります?」


「そんな事言わずに、もう一度……もう一度だけ考え直しては頂けませんか!? 帝国ギルドさんに切られたら、うちはやっていけません。お願いします!」


 必死に頭を下げてお願いするお父さんに対し、青年は深いため息を吐いた。


「考え直してって言われてもですねぇ、これはもう決定事項なんです。頭を下げたところでどうにもならないんですよ」


「そこをなんとか! どうか、どうかお願いします!! ほら見てください、ジョイントパーツも後少しで改良できるんです! だからどうか!」


「お父さん……」


 地面に両手両膝をつけ、頭を下げて必死にお願いするお父さん。

 父親が土下座する姿を目にしたアタシは、胸が締め付けられるみたいに苦しかった。


 土下座するお父さんを、青年は心底軽蔑した眼差しで見下ろしながら吐き捨てるように告げる。


「あ~やだやだ、これだから古臭い人間は嫌なんだよなぁ。土下座して情に訴えればなんとかなると思ってやがる。あんたらの土下座そんなものに価値なんて一っつもないんだよ!」


「「――っ!?」」


 ガッと、青年は手に持っていた部品を落としてぐりぐりと踏みつけた。


 ただ単に部品を踏みつけられただけじゃない。お爺ちゃんとお父さんが、今まで必死に作り上げてきた全てを否定され、踏みにじられたみたいだった。


 あのクソ野郎……よくもお父さんが作った部品ものを!


「さっさと工場畳んで、違う仕事探した方がいいですよ。では、私はこれで失礼します」


 背を向けながら皮肉を告げると、青年は工場を去っていった。

 土下座したまま身体を震わせるお父さんは、青年が居なくなってからも動かない。いや、動けないでいた。


 そんなお父さんに、アタシは恐る恐る近付いて声をかける。


「お父さん……」


「あ、ああ……なんだ鈴乃、帰ってたのかい?」


「うん……」


「もしかして、今の見られちゃったかな?」


「……」


 何も言えないアタシに、お父さんは立ち上がって頭を掻きながら謝ってくる。


「いやぁ情けないところを見せてしまったね、ごめんよ」


「お父さんが謝ることないって。それより……大丈夫なの?」


「な~に、明日にでも帝国ギルドに出向いて、もう一度話を聞いてもらうよ。鈴乃は何も心配しなくていいからね。会社のことはお父さんに任せて、鈴乃はお爺ちゃんとお母さんに挨拶してきなさい」


 気丈に振る舞うお父さんに、アタシは小さく頷くことしかできなかった。





「お母さん、お爺ちゃん、ただいま」


 チーンとりん棒でりんを叩き、お仏壇に置かれているお母さんとお爺ちゃんの遺影に手を添える。


 お母さんは警察官だった。

 男勝りな性格で、いつも明るく元気で、警察官の制服が似合うかっこいい女性。

 そんなお母さんは、アタシが小さい頃にダンジョンに取り残された民間人を助けようと庇って殉職してしまった。


 死んでしまったと聞いた時は、何がなんだか分からず何日も泣き続けたっけ。

 どうして死んだの!? と、悲しくて悲しくてどうにかなりそうで、ずっと塞ぎ込んでいた。


 そんなアタシを心配したお父さんとお爺ちゃんが、「お母さんは最後の最後まで人を助けた、立派で誇らしい人だよ」「鈴乃がいつまでも泣いてると、あいつも天国にいけねぇよ」と言って慰めてくれた。


 それからは少しずつ立ち直って、お母さんの分まで生きるんだって思うようにしたんだ。


 重い病気にかかっていたお爺ちゃんも、去年に亡くなってしまった。

 死んでしまう前日まで工場で働いていたのは、仕事一筋のお爺ちゃんらしい。お爺ちゃんは頑固で何に対しても厳しい人だったけど、孫娘のアタシにだけは甘かったんだよね。


「お母さん、お爺ちゃん……どうしたらいいと思う?」


 この世に居ない人に聞いたってどうしようもないことは分かってる。

 それでも、二人に聞きたかった。


 アタシは仕事に詳しくないけど、お父さんのあんな姿を見て会社の状況が只事ではないことぐらいは分かる。

 お父さんは心配するなって言っていたけど、アタシにだって何かできることはないだろうか?


 お母さんが死んでから、お父さんは必死にアタシを育ててくれた。

 自分だって悲しいはずなのに、それを一切見せずに家庭も仕事も頑張ってきたんだ。


 今度はアタシがお父さんを助ける番なんだ。お母さんなら絶対にそうするから。


 と、その時。

 不意に、ウーウーウーとスマホから緊急警報が鳴り響く。確認してみると、この近くでダンジョンが発生するみたいだった。

 推定ランクはE級。これなら……。


「お母さん、お爺ちゃん……アタシ行くよ」


 二人に告げて、アタシは家に置いてある護身用の魔銃を持って家を飛び出したのだった。



 ◇◆◇



「普通の廃墟みたいだけど……もうダンジョンの中なんだよね?」


 緊急警報の情報に記載されていた場所は工場の廃墟だった。一見変わったところはなく、本当にダンジョンになっているのかは分からない。

 でも、異様な雰囲気が漂っているのはなんとなく肌で感じ取っていた。


 恐る恐る慎重に中へと歩き進むと、突然正面から化物が現れた。


「ゲヘヘ」


「――っ!?」


 化物と遭遇し、びくっと驚いてしまう。

 醜悪な外見をした化物は子供ぐらいの体型だった。何もかもが気持ち悪い。嫌悪感で鳥肌が立つぐらいキモい。


(これがダンジョンのモンスター……)


 異形の化物と初めて遭遇して、ドクンドクンと心臓が早鐘を打つ。


 落ち着け、ここはE級のダンジョン。ということは、こいつはモンスターでも最弱なんだ。臆するな、ちゃんとやればアタシにだって倒せる。


 必死に心を落ち着かせ、持っている魔道具の銃を掲げると、銃口をモンスターに向ける。

 トリガーに指をかけ、ぐっと引き金を引いた。


「くらえ!」


「ギャア!?」


 トリガーを引くと銃口から光の弾丸が放たれ、モンスターの肩を撃ち抜いた。

 やった! 当たった!


 傷口を抑えて悲鳴を上げるモンスターに、間髪入れずに何度も銃を撃つ。黒い血が舞い散るモンスターは苦しそうに倒れると、灰となって散っていった。コロンと、淡い光を放つ小さな石ころが地面に転がった。


「はぁ……はぁ……なんだ、大したことないじゃん」


 モンスターを倒したアタシは安堵の息を吐く。

 ちゃんと撃てて良かった。魔銃の使い方はお爺ちゃんに教わっていた。その度に、お父さんがお爺ちゃんと喧嘩してたっけ。アタシにこんな物使わせるなって。


 お爺ちゃんのお蔭で魔銃の使い方は分かっていたけど、モンスターに撃つのは初めてだった。


 これなら十分アタシでも戦える。もっともっと倒して、お父さんが作った魔道具は凄いって帝国ギルドあいつらに認めさせてやるんだ。


「は~い、みんな見てる~? 俺たちがどこに居るか分かるかな~」


「なんと~、今ダンジョンにやってきてま~す!」


「いえ~い! リスナーの皆の期待に応えて、今日はダンジョンの中を見せちゃいますよ~」


(なんだあいつら……)


 後ろから人の声が聞こえたと思ったら、チャラそうな三人の男がスマホに向かって喋っていた。


 多分動画を配信しているんだろう。しかも武器らしい武器を一つも持っていない。アタシがとやかく言える立場じゃないけど、バカなんじゃないの?


 いいねや視聴者を増やしたいからって、手ぶらでダンジョンに来る奴がいるか? 承認欲求の塊共め。


 ムカつていると、三人の男共はアタシに気が付いたのか声をかけてくる。


「あっれ~? 俺たちが一番乗りだと思ったのに、もう誰かいるじゃん」


「マジかよ? テンション下がるわ~って……めっちゃ可愛いじゃん!」


「ねぇ君、そこで何してんの? ちょっと話聞かせてよ!」


「はぁ……あんたらさ、死にたいの? ダンジョンで配信とか頭おかしいんじゃない?」


 全く危機感を持たない馬鹿共に呆れながらそう言うと、彼等は「平気平気!」と呑気なことを口にして、


「だってここE級のダンジョンだろ? ザコしか居ないじゃん!」


「いざとなったら逃げればいいしな、余裕余裕!」


「ねぇ、君ってもしかして救済者セイバーだったりする? だったら戦ってるところ撮らしてもらってもいい? 君みたいな可愛い子ならいいねも沢山もら――うごっ!!」


 突然だった。

 調子に乗って喋っていた真ん中の男の腹から、血と臓腑が飛び散る。


「「……えっ?」」


 あまりにも唐突だったので、アタシを含めた他の男達の思考が停止する。男の腹を貫いていたのは、太い腕だった。


 その背後には、さっきのモンスターとは比べ物にならないくらい大きな人型のモンスターが立っていた。

 そのモンスターが太い腕を引き抜くと、腹を貫かれた男は自分の身体から流れた血の海に沈む。


 えっ……死んだ?


「うわぁあああああああああ!?」


「な、なんでこんなモンスターがいるんだよ!? おかしいだろ!?」


「なにしてんだよ、早く逃げようぜ!」


「ちょ、ちょっとあんたら!」


 左右にいた男達は絶叫し、顔を恐怖に染めて転げながらも逃げ走って私の横を通り過ぎた。


 残るは、棒立ちの私と強そうなモンスター。

 ちょっと待ってよ……おかしいじゃん。何で最低ランクのダンジョンにあんな強そうなモンスターが出てくんのよ。


 そんなの聞いてないって。


「グホホ」


 のっしのっしと、モンスターがアタシに向かって歩いてくる。

 大丈夫、落ち着け、アタシには武器これがある。さっきだってモンスターを倒したじゃないか。

 お父さんが作った武器なら、あいつにだって負けないんだ。


「くらえ!」


 銃を構え、モンスターに向かって光の弾丸を撃ち込む。

 だけど、効いている様子はなかった。モンスターは撃たれた場所を痒そうに掻いて、首を傾げている。


「グホ」


「くっそぉおおおおお!」


 大声を上げて、何度も何度もトリガーを引く。だけど、モンスターには全くダメージがなかった。

 それでもトリガーを引き続けていたら、カチカチっと乾いた音が鳴るだけで、銃口から弾が出なくなってしまう。


「嘘っ……エネルギー切れ?」


 使い過ぎて魔石のエネルギーが底を尽きたのだろう。これで攻撃手段がなくなってしまった。まだ目の前にモンスターがいるのに。


「ぎぃやぁあああああああああ!!」


「助けてぇ! 嫌だぁああ死にたくないよぉぉ――」


「っ!?」


 後方から悲鳴が聞こえてくる。多分、さっき逃げた男達のものだ。って事はあいつらも他のモンスターに殺されたってこと? 


「グホホ」


「ひっ……」


 卑しく口角を上げたモンスターが、アタシに向かって一歩踏み出す。

 恐い。逃げなきゃいけないのに、足が震えて動けなかった。


「嘘、やだ……待って……」


 恐い。こんな筈じゃなかった。もっと簡単だと思ってた。自分が死ぬなんて欠片も思ってなかった。アタシ、馬鹿だ。本当に馬鹿だ。助けてお父さん!


「グホホ!」


「嫌ぁああああああああああああ!!」


 モンスターが剛腕を振り上げたその時――ドンッと鈍重な衝撃音が鳴り響く。

 閉じていた瞼を開けると、そこにはモンスターの姿はなく、代わりに一人の青年が居た。


「怪我はないか?」


「えっ……」


 これが。

 アタシと彼――新田にった義侠よしきとの出会いだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る