第32話 JAS.Lab

「あのさ……体は大丈夫なの?」


俺は車に揺られ、山道を行く。その途中で運転席のジャーマノイドへと訊いた。


ジャーマノイドと戦ったのは昨日のこと。結構なダメージを入れてしまった気がするのだが……


「余計なお世話だ。俺の体はそんなにヤワじゃない」


ジャーマノイドはフンと鼻を鳴らした。


「ところで石神 わかが連れ去られた先というのはJAS.Labジャス・ラボの地下深く、で間違いないのか?」


「んー、たぶん?」


俺の勇者魔法のひとつ、【探索サーチ】は探す対象の現在位置を感覚で教えてくれるだけなので、何県何市にいるだとか、地下何メートルにいるとか詳細情報が分かるわけじゃない。


「でも、かなり近くにいるのは間違いないよ。この付近でわかがいる場所の候補はもうJAS.Labジャス・ラボしかないわけだし」


車の窓の外、深くなっていく山奥の森の様相を見ながらそう話す。


「ところで道、ホントにこっちで合ってるの?」


「石神わかに渡されたメモによればな」


最初は舗装されている道路を走っていたのだが、途中から私道らしき砂利道に入って、車の揺れが大きくなってきていた。


「……というか少年、お前はいったいこの道順を知らないでどうやって本拠地へと乗り込もうとしていたんだ? メモによれば出入りに使える入り口はふたつ。実際の研究所は地下100mにあるというのに」


わかの位置は魔法でだいたい分かるから……手がかりがなければあとは最悪、【極大爆発マックス・エクスプロージョン】で地面に大穴空けて入ればいいかな、と」


「……石神わかもろとも生き埋めになったらどうするつもりなんだ」


ジャーマノイドは呆れたようにため息を吐きつつ、ゆっくりとブレーキを踏んだ。


「着いたぞ」


「え……? ここ?」


ジャーマノイドが車を停めたそこは、少し道幅が膨らんでおり、古びた山の管理小屋らしきものがあるだけの場所だ。砂利道はさらに奥へと続いている。


「道の途中だからこそ、こんなところに入り口があるわけがないという盲点を突けるのかもな」


ジャーマノイドは車のキーを抜くと小屋へと向かうので、俺もその後に続いた。案の定、小屋には鍵が掛かっていたが、ジャーマノイドは扉を蹴破った。


「……下か」


ジャーマノイドは一瞬たりとも迷わず、小屋の床下へと続くハシゴを発見する。そしてその降りた先に、ジャーマノイドが睨んだ通り、研究所の入り口らしき場所があった。地上の小屋とは打って変わって近未来感のある、金属製の扉だ。


「スゴ……なんでここに道があるって分かったんだ?」


「俺の能力で金属探知をおこなっただけだ。地下に金属の塊らしき反応があれば怪しんで当然だろう」


ジャーマノイドは当然のように言うと、その金属扉に近づいて、認証パッドらしき機器へと手を当てると、ビリッと1発。


──ピコンッ、ガチャッ。


金属扉が開く。


「電気の能力でハッキングもできるの……?」


「ハッキング? いや、そんな難しいことする必要ない。認証プログラムなど機器ごとショートさせて、扉の鍵の開閉センサーに直接電気信号を送って開けてしまえばいだけだ」


「便利すぎる……!」


超能力者ってチートだなぁ……なんて他人事のように考えつつ、俺はジャーマノイドの後に続いて金属扉の先にあったエレベーターへと乗り込んだ。


エレベーターは動き始め、長く長く降下する。


「着いたか」


チリンッ、と音を鳴らし、エレベーターのドアが開く。その先の光景は旧施設のものと同じ、研究室が広く並んでおり──作業着や白衣を着たJAS.Labジャス・ラボスタッフと思しき人々がチラホラと行き交っていた。


「行くぞ」


「ああ」


ジャーマノイドと俺は堂々とそのフロアへと足を踏み出した。


……わかの気配は……さらに地下か。


「しかし、あまり騒ぎ立てられないな? 不法侵入してるのに」


「警報が鳴っていないからな。それに、石神 わかが自身の研究内容について詳しく知らなかったように……一般スタッフには【永久機関】のことも表の騒ぎについても情報が開示されていないのだろう」


ジャーマノイドは床に手を当てる。


「……フム、この先の通路に地下へと通じる通路がありそうだ」


「っ! んなことまで分かるのかっ!?」


「人間が地下で暮らすには電気が必要不可欠だ。ゆえに、人の動線となる場所には必ず電気が通っている。そこがイコール通路となっている可能性は非常に高い」


「お、おぉ……ジャーマノイドについてきてよかったよ……」


「少年、お前は少し考えなさ過ぎなんじゃないか……? それでどうやって施設内で石神 わかまでたどり着くつもりだったんだ……」


「それは、だからこう……ドカンと」


「……だからそれだと生き埋めになるだろうが」


拳を振るうマネをする俺に、ジャーマノイドは今日何度目かのため息を吐いた。




* * *




「──ところで、ジャーマノイドの目的はJAS.Labジャス・ラボを潰すことだよな?」


ジャーマノイドが先導した先に見つけた非常階段を使い、俺たちはさらに地下深くへと行く。


「そうだが、それがどうした」


「具体的にこの先で何をするつもりなんだ? まさか、文字通りJAS.Labジャス・ラボの施設を潰したり、研究員たちを殺したりするつもりじゃ……」


「そんな回りくどいマネはしない。俺の目的は永久機関に関する研究情報のデリート、この施設のメインサーバーの破壊、そしてJAS.Labジャス・ラボ所長である浜百合ツバメの確保だ」


「っ! ツバメ先生を……!」


「? ツバメ先生……? 少年、お前は浜百合ツバメを知っているのか?」


「ん……ああ。実は──」




隠すことでもない。俺は、俺とツバメ先生の関係を簡単に説明する。ついでに、俺が力を得た異世界の話も。




「……なるほどな、少年。お前の持つ莫大な力は異世界のものだったか」


「……信じるの?」


「ああ。異世界ファンタジー・ワールドではないが、異界エイリアン・ワールド裏世界リバース・ワールドの観測自体はドイツや先進各国の研究所でもできていることだ。それは虚数世界イマジナリー・ワールドという概念を基軸にしているものであり、あくまでこの現実世界と数学的に地続きのもの。少年の行ったような完全な別世界ではない……とはいえ、異界あるならば異世界が存在するのは不思議ではないだろう」


ジャーマノイドはそう言って、顎に手をやった。


「しかし、異世界へと再出発とは……向こうの世界に渡られてしまっては、浜百合ツバメの確保は難しくなる……急がねば」


「ツバメ先せ……浜百合ツバメを捕えて、ジャーマノイドは何をするつもりなんだ?」


「もちろん、これまでの一連の違法行為についての全てを吐かせる。そして二度とこのような非人道的研究をさせぬように拘留する」


「……そうか」


「少年、それもまた止めるつもりか?」


ジャーマノイドはギロリと俺をにらみつけてくる。俺は、緩く首を振った。


「いや……浜百合ツバメは、悪いことをしていると俺も思う。だから拘留とかは仕方ないことだ」


「……」


「ただ、酷いことはして欲しくない。浜百合ツバメは、全部嘘だったのかもしれないけど、それでも俺の……」


「案ずるな。俺が保障しよう。浜百合ツバメの取り調べ・拘留については人道的なものにすると」


「……ありがとう、ジャーマノイド」


「フン……少年、お前は今は石神 わかの心配をしていればいい──着いたぞ、最下層だ」


階段の先、電子ロックのかけられたドアをジャーマノイドが無理やり解除する。


「鬼が出るか蛇が出るか……準備はいいか、少年」


俺は深く、頷いた。


「行くぞ──っ!」




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今日は何話か連続投稿します。

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