第4話 救いの手

──丸山コウが学校から駆け出したのと同時刻。隣町にて。




「──クソアマが、暴れんなッ!」


昼でも暗く、普段は誰も通らない路地裏。黒服の南米系の男たちによる乱暴なスペイン語の怒声と共に、荒々しく車のドアを閉める音が響く。


「車を出せッ! とっととズラかるぞッ!」


慌ただしく発進する黒のワゴン車、その後部座席にその少女──石神いしがみ わかは複数の男たちに押さえつけられ、無理やり乗せられてしまった。手で口を塞がれ言葉ひとつ出せず、擦り傷だらけの手足をジタバタと動かしたが、それもすぐに紐で縛られてしまう。


「ようやく会えたな、ワカ……この時を待っていたぜ」


後部座席にはすでに、ひとりの男が座っていた。今どきホストでも着ないような真っ赤なスーツを着た南米系のドレッドヘアの男だ。


「誰ッ……! 私を解放して……!」


「解放されてどうする? 誰も彼もがお前の命を狙うこの状況でよ。それが分かっているからこそワカ、お前はこれまで居た日本の【研究所】からも逃げ出してここまでやってきたんだろう?」


「っ……!」


ドレッドヘアのその男は、身動きの取れないわかの口へと最後にガムテープを張り付けると、ニヤリとした。


「ライブカメラや監視カメラ、公共交通機関の乗車履歴。それらに捕捉されないように路地裏をつたっての徒歩での移動は日本警察と研究所の【能力者】対策だろうが……残念だったな。オレたち【裏の人間】はむしろその道の方に精通してるんだ。昨日ウチの下っ端をノしてくれたこともあって、見つけるのは簡単だったぜ……」


「~~~!!!」


「ククク、暴れるんじゃねぇよ、ワカ。大切な客人に舌でも嚙み切ってもらっちゃ困る。本国でお前に聞きたいことはたくさんあるんだ。お前の持つその──【超能力チカラ】についてな……!」


ドレッドヘアのその男は機嫌良さそうに饒舌に喋った。


「お前を連れ帰れば本国は世界の覇権を取る……オレらの結社の立ち位置も上がり、Win-Winってやつだ」


「……ッ!」


「オイオイ、そう睨むなよ。お前にもメリットはある。なにせ……オレが関わる任務にしては珍しく、お前の生存は約束されてるんだからよ」


男はニヤリと頬を歪める。


「研究所から逃げ出してきたのは正解だったと思うぜ? 日本の腹の内はドス黒すぎて分かりゃしねェ。ヘタすりゃ脳ごと【超能力チカラ】だけを抜き取られてたかもなぁ」


「……っ」


「まあ日本に限ったことじゃない。知ってるか? 先進国のほとんどはワカ、お前を危険視するばかりに殺そうと目論んでるんだぜ……? 悲しいねぇ、その歳で今や世界有数の国際指名手配犯……それも【Dead Or Alive(生死を問わず)】だ」


クックック、と男は愉快そうに笑う。


「ワカ、【チェックメイト】なのさ。もうお前の生きられる場所は限られている。全てを諦め、そしてオレらに身を委ねな」


「……」


「フン……大人しくなったな? ようやく自分の立場をわきまえたか……」


ドレッドヘアの男は満足そうに、背もたれに体を預けた。




* * *




グッタリとしたわかを乗せたワゴン車は町の廃工場へと入っていく。屋根付きの場内には、同色のセダンが3台用意されていた。


「乗り換えだ。3台で別々の湾岸へ向かう。ヘリと船を乗り継いで……本国への旅はまだまだ長いぜ、ワカ」


「……」


「ボーっとしてんじゃねぇ。オラ、サッサと立つんだよ」


無理やりワゴン車から降ろされ、わかは力なくセダンへと乗り込もうとして──。


「──なあ兄弟エルマーノ、おかしいぜ」


ひとりの黒服の男が、ドレッドヘアの男を呼び止めた。


「なんだよ、何がおかしい?」


「その女が出てからもワゴン車にその女の【思念】が、車自体とは別にもう1つ残ってやがるぜ……!」


「なんだと……?」


ドレッドヘアの男がワゴン車へ戻る。そしてわかが乗っていた座席の付近を調べると……そのリクライニングの背もたれと座椅子のすき間に、何かが挟まっている。


「オイオイ、こりゃあ……ボイスレコーダーか?」


「……!」


わかの表情が変わった。ドレッドヘアの男は嗜虐的な笑みを浮かべてそれを見返すと……わかの口を塞いでいたガムテープを勢いよく剥がした。


「ッ……!」


「抜け目の無いことだぜ、ワカ。最初に暴れたスキに隠してやがったか。他国の追手共にワゴンとコイツを見つけさせて……オレたちにぶつけさせようとしていたな?」


「……な、なんで……!?」


「『なんで』ボイスレコーダーを見つけられたのか、って? オレの兄弟エルマーノはな、人の【残留思念】を追跡できる能力者なのさ」


「……残留、思念……あなたたち、まさか【シャーマン】の……!?」


「ほぅ、シャーマンの存在を知ってたか……。そう、オレたちは同族のシャーマンに由縁する血族を集めた超自然結社……他国に先んじてお前を捕まえられた理由もその先祖譲りの【霊能力】ゆえさ」


「まさか……私の徒歩での移動経路にも、私の残留思念が……!」


「その通り。気絶してた下っ端からはより濃くな。おかげで、昨日からはより確実な精度でお前を追跡できた」


「そんな……」


「言ってるだろ、ワカよ。お前は【チェックメイト】なんだと。最新科学を用いる警察や軍隊、人理を覆す強力な超能力者ども、そしてオレたち霊能力者シャーマン……この世の全てが──世界それ自体がお前を狙う敵なのさ。逃げられるわけがない」


「……ッ!」


ドレッドヘアの男は廃工場内に居た仲間から何らかの薬品を受け取ると、それにスーツのポケットから出したハンカチへとしみ込ませ……わかへと迫る。


「……なによっ、それ……!」


「安心しろ、ただの筋弛緩剤だ。手足の自由が利くようになった頃には、もう海の上だろうがな」


「やだ……やめなさいっ! やめてッ!」


「暴れんじゃねぇ……! いい加減に分かれッ! お前は誰かに利用されるしか生きる道が無ェんだと!」


「あッ!」


ドレッドヘアの男が、首を横に振ってかわそうとするわかの髪を乱暴に掴み、その口にハンカチを当てようとして──しかし。




──ガキンッ、ガチャリ、と。




廃工場の扉のカギを力任せに破壊する音が静かに響く。




「──おじゃましまーす……うわっ、なんか外国の人がいっぱいいる……たぶん、ここに居ると思うんだけどな……」




ひとりの少年が、間抜けた声と共にカギの壊された廃工場の扉を開き、入ってきた。


「……なんだぁ? お前は……!」


犬歯を剥きだしに威嚇するドレッドヘアの男とは対照的に……わかはあぜんとした表情で、その少年を見た。


「なんで……あなたがここに……!」


それは昨晩、繁華街の路地裏でわかが出会った少年──丸山コウだった。

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