#6

ミアがアパートのドアを強めにノックした。


返事がして、すぐにドアがひらいた。

出てきたのは、ぽっちゃりとした年配の女性だった。


「あらま! ミアちゃん」


「こんにちは。イルゼさん」


その女性──イルゼさんというらしい──と目が合って、さと子も頭を下げた。


「こっ、こんにちは。はじめまして……」


イルゼの栗みたいな目が丸く開いて、ほほえんだ。


「んま! かわいいメイドだこと! ……新しくお屋敷にはいったコね? そう、よく来てくれたわ。おあがんなさい、ふたりとも! さぁさぁ……! すぐにお茶を入れるわねぇ」


「ありがとうございます。でも、すぐに戻らなければならないわ」


ミアがポケットから取り出したのは……。

それはだった。


「あら? ま! もうそんな時期なの……」


「予定があうか分かりませんけど、お暇なら、ぜひ」


すると、部屋の奥から、しわがれた声がした。

足音が近づいてきて、今度は年取った男性の丸顔が戸口にヌッと出てきた。


「こいつは驚いた! ずいぶん顔をみせなかったなぁ!」


「カールさん、お久しぶりです。お二人とも、お元気そうでなによりですわ」


カールさんと、イルゼさん。二人が夫婦だということは、さと子にもすぐに分かったけれど……。


ミアがお互いを紹介してくれた。


「こちらは、カール料理長。イルゼさんはメイド長で、お屋敷で長くつとめてらしたのよ。ご夫婦で」


「元料理長と、元メイド長だがな」


元料理長は、白髪がほんの少し残る頭を、手のひらでパチパチとたたいた。


「あんた、どうするの」


「なにがだ」


イルゼは夫の顔の前で出店証をヒラヒラさせた。


「……年寄りふたりの所帯だから、たいした物もないんだけどねぇ」


「そんならよ。またアパートの連中に声をかけて、集めりゃいいだろ」


「それもそうねぇ」


元料理長はミアに向かって、


「かまわんだろ?」


「ええ、ぜひ。参加をお待ちしておりますわ」


イルゼがしんみりした声で、


「坊ちゃんはお元気かねぇ? 風邪などおひきでないかね?」


さと子は耳を疑った。


(坊ちゃん?)


まさか、エルンストのことを言っているのか?


「ええ。かわりありません。……お屋敷に来るときは、いつでも迎えをよこすと言づかってます」


「もったいないこと……」


イルゼはエプロンの端で目頭をおさえた。


ゆっくりしていけと、夫婦はそろってすすめたが、ミアは固辞した。


「ごめんなさい。そうしたいのだけど、すぐ戻らなくちゃならないの」


「ああ、そうだね。仕事の邪魔をしちゃいけない」


「いつでもいいから、また顔を見せてちょうだい」


「ちょっと待て──」


元料理長が奥にひっこんで、何か持ち出してきた。


「これは特別だ。特別に、手に入れた蜂蜜酒だ」


坊ちゃんに差し上げてくれ──と、さと子に押しつけた。


「ヒマな時に、遊びに来るといい。うまい料理を食わせてやろう」


元料理長は、年のわりに並びのいい歯を見せて、笑った。


夫婦に礼を言って、ミアとさと子はアパートを出た。

ふたたび荷車に乗り込む。


「さてと。次は……」

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