第23話 ダンジョンの核の真の脅威

 杖の先に集まる尋常でない魔力が空間を揺らしている。それはやがて水の塊となり、段々と膨れ上がっていく。ほんの一瞬で1ケロネム1mほどまで大きくなったそれが破裂すると共に私の眼前は莫大な水の塊で覆い尽くされる。


 ――待たせて悪かったな! じゃあ、押し流すぞ!!


「――えぇ! 上出来ですわ!!」


 アイルにセットしてある魔石は砕け散る寸前。限界まで吸い上げた魔力は津波となり、それをアイルは何の苦も無くコントロールして目の前の全てを洗い流していく。


「スカーレット、魔石を!」


「はいよ! これ含めてあと2個しかないからね!」


 3ケロネム3mにも及ぶ高さの津波があらゆる敵を呑み込んでは奥へと流していく様にとてつもない興奮を覚えながらも私はスカーレットへと指示を出す。


 この興奮のおかげでどうにか痛みを堪えることが出来ている。ならば今のうちに有利に進められるだけ進めなくては、と頭がぐちゃぐちゃの状態でどうにか魔石をセットしようとする。


「お嬢様、ここは私が!」


「そうだね。ベティは魔石の取り付け、私は応急処置をするよ!」


 しかし痛みと興奮で震える手と上手く動かない頭ではどうにもならず、そこでベティが魔石をセットしてくれて、スカーレットがけがの手当てをしてくれた。


 二人の献身に心を打たれるものの、今はそれに意識を持っていくわけにはいかないと気を引き締める――どうやら相手を甘く見ていたことを反省しなければならないようですから。


 ――おいおい冗談だろう!?


 この時ばかりはアイルの言う通り、魔物の理不尽さに心底ため息を吐きたくなってしまった。普通のゴブリンやライダー、アーチャー、メイジなどはそのまま流れに呑まれてもがき苦しむだけだというのに、ホブゴブリンやチャンピオンなどの上位の存在とゴブリンキングはもがきながらもこちらに向かおうとしている。


「……いや、反則でしょ。なんでダンジョンの構造違うのにマーマンが出てくるワケぇ!?」


 しかも奥にあるダンジョンの核が妖しく光ると共にゴブリンとは別の魔物、マーマンと呼ばれる魚に人間の手足が生えたような魔物が10匹以上出現してこちらへと向かってきたのだから。


「ひっ!? こ、こっちに向かってきてます!」


 記憶が確かなら、ダンジョンの核はダンジョンの維持と共に中に住まう魔物の生成も担っていたはず。だからマーマンが生まれたというのも理解できるけれどもあまりに理不尽で仕方がない。


 しかもマーマンどもはこの津波の中をじわりじわりと進んできており、私にその鋭い眼光を向けている。もし仮に少しでも押し流す力が弱まったらそのまま私の首を刎ねに来るというのが見て取れるほどに。


「ゴブリンどもは大体洗い流されたけど、このままじゃどうにもならないって! どうすんの!」


「魔力よつどいて、形をなせ……っ」


 怯えながらこちらを見てくるベティとスカーレットを見て、私はやせ我慢をしながら詠唱に移る。まだゴブリンどもを押し流した時の興奮が残って消えない内に手を打つ。


「む、無茶ですよお嬢様!」


「なんじは全てを流す、大いなるばく、ふっ」


 今だけはベティの言葉は聞き流す。この程度、前に死にかけた時と比べればまだ耐えられる。あの時は腕も背中もやられて頭から血が流れていた。それと比べればまだ耐えられる。アイルを握る力を強めながらもただただ必死に魔力を練り上げていく。


「い、今やった津波の魔法のヤツだよな!? き、効くのか!? 重ねがけぐらいでどうにかなるのか!?」


 スカーレットも手当てをしながらも心配そうにこちらを見てきている。私の見立てでは問題ないはず。もう威力を強めてやればきっと向こうも根負けするはずだと信じ、スカーレットの疑問にうなずきながら私は詠唱を続ける。


 ――確かに4小節分の威力でぶつけてやればどうにかなりそうだが、もう魔力は残ってねぇだろ! 干からびる気か!!


 予想通りアイルも条件付きで私の推測が正しいと言ってくれた。


 もうアイルにセットしていた魔石はヒビが入っており、5小節程度の魔力がこもっている最後の魔石をもう使わざるを得ない状況。私の方も『サイクロン』の維持で使える魔力が8小節程度。けれどまだそれぐらいならば問題ない。


「偉大なるげんしょの……かいなに、抱かれよ」


 まだポーションが残っている。それに私の生命力を魔力に替える機能がアイルにはある。たった2枚だけの切り札に賭けようと更に1節、詠唱を続けていく。


「うねり、とど……ろきっ、あれ、くるえっ!」


 これでまで持っていった。けれどもそれでマーマンどもを押し留めるのが精いっぱい。勝利に持っていくには足りない。だから更に詠唱を続ける。


「おしひきながし、すべてを……さらえ」


「お嬢様!!」


 既に一番近くまで迫ったマーマンとの距離は目測1ケロネム1mを切っている。けれどもまだ大丈夫。まだ時間の猶予がある。必死になって叫ぶベティを横にそう信じて私はまで魔力を練り上げていく。


「おい! いい加減発動しろ! もう目と鼻の先なんだぞ!」


 ――死ぬ気か馬鹿っ!! 必要最低限で留めておけってんだお前は!!


「いつわりのうみ、よ……ここに……けんげん、せよ……」


 スカーレットも駄棒もうるさい。今私達に求められているのはあくまで勝利。この危うい均衡を維持することなんかじゃない。だからここで全てを押し流すのだ。


 マーマンのうろこに覆われた手を見ながらも私は最後のワンアクションを行う。


「のみ、こめ……タイダル、ウェーブっ!!」


 カエルのような水かきがある、されど鋭い爪のマーマンの手が私に迫る瞬間、『タイダルウェーブ』を発動する。私の頬を爪が浅くひっかくと同時に、新たに生じた津波が悪趣味な魚もどきも向こうへと追いやっていった。


「ベティ、はやくポーションを……! もう、魔力が無くなりそうです……!」


「っ! はいっ!」


 指示を出すためにベティの方を一瞥すれば、きれいな顔をくしゃくしゃにしながらリュックの中に手を突っ込んでいた。そのことに申し訳なさを感じるが、謝罪は後でするしかない。


 ――ったく、今回の主が自殺趣味だなんて高尚な趣味の持ち主だとは思わなかったよ!


「ちがい、ますっ。ここさいきんは、ひどく……運がない、だけです!」


 ――クソが! 俺まで不運のおすそ分けしてくんじゃねぇぞ!……俺に合わせろ。2つの水の流れに呑まれりゃいくら何でも無事で済むはずがねぇ!


「わかり……ました!」


 尽きゆく魔力と共に感じる倦怠感に苛まれながらも、私はアイルが先に発動した津波の魔法に合わせて相手を大きなうねりの中に放り込んでいく。さしもの水の中で生きる魔物であっても暴れ狂う水の中ではどうしようもならない様子。


 ――今のうちに核までの道を開く! タイミング合わせろ! カウント、1!――。


「りょう、かいっ! に……っ」


 ――3! 今だ!


 だからこそこの好機を逃す気は無い。アイルの号令に合わせて私達は2つの津波と一緒に魔物を横に動かし、ダンジョンの核までの道を切り開く。後は核の破壊に移るだけ。


「ベティ! 貴女が、あなたがあの核を壊しなさいっ!」


 その重要な役目を私は、ポーションを取り出したばかりのベティへと任せたのだった。

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