第7話 行動がもたらしたもの

「ではお父様、ベティ。改めて今後のことについて話しましょうか」


 そう伝えれば、目の前の2人もうなずいて返しました。


「しかしダンジョンに潜って早々、いきなり下の階層の魔物が出てくるとは……逃げ回って連れて来たというならば腹立たしいが、自然発生した可能性も皆無ではないと聞くんだがな」


 まぁお父様がお怒りになるのも無理はありません。事実モンスタートレインは冒険者の間では御法度というのは記憶しておりますし、実際に当事者になってみればその恐ろしさもわかります。


 まぁ原因が何なのかは現状わかりませんし、実際に退けることは出来ました。今はそれでいいと考えて私は2人をなだめようと話しかけました。


「確かに、ダンジョンに異変が起きることもあると学院でうかがったことはあります。断定するのはまだ早いでしょう」


「……そうだな。ひとまずはギルドの方での調査を待つべきか」


「もし人為的なものだとしたら……許せませんわ」


「落ち着きなさい、ベティ」


 ベティが苛立つのも仕方ないのはわかっています。ですが淑女たるものあまり怒りを露わにしてはいけません……その時ふと先日の夜会のことが浮かびましたが、あれは別です。あのア〇〇レとヤ〇〇ン王子が全て悪いのですから。


「お嬢様、後で私が冒険者ギルドに聞き込みを行ってきます」


「待ちなさいベティ。一人だけではあまりに危険だ。せめて私もついていく」


 確かにベティ一人だけでは少々不安でした。お父様もいれば心配ありませんが、かといってここに長居するというのも駄目でしょう。こうして目を覚ましましたし、他にもここを必要としている方はいるはずだと考えて私は体を起こしました。


「お父様、ベティ。心配には及びません。既に傷も癒えていますし、ここは私も。宿に戻るついでに連れて行っていただけませんか?」


「ですがお嬢様……」


「それはそうだが、しかし……」


 この感じならもうひと押しといった具合でしょう。ならもうひと声と説得を続けました。


「お願いします。病み上がりの人間をひとりにしないでください。私、心細くて泣いてしまいそうです」


「えっと、その……旦那様、どうされますか」


「うぐっ……し、しかしだな……」


 やはりお父様もベティもうろたえている様子。騙すならば1割の真実を混ぜると良いといいますし、ちゃんと機能してることを確認しました……まぁ心細いとまでは言いませんが、寂しいのは本当ですもの。半分は本心です。


「お願い……お父様、ベティ」


「……仕方がない」


「……わかりました、お嬢様。では私の方から院の方にあいさつをしてきます」


「ありがとう二人とも」


 いろいろなものを失いはしましたけれど、この二人が残ってくれたことは神に感謝するしかありませんわね。他はともかくとして。特に私と結ばれるはずの男とか私を産んだ女とかろくでもない宰相の男は特に。


「ねぇお父様、そういえば私のブラウスはどちらに? それと杖はどこかしら?」


 ……そういえば上に着ているのもダンジョンに行く際に着ていたブラウスではないですが、どこにいったのかしら? もしかして汚れがひどかったから院の方に頼んで洗ってくださったのかもしれません。お父様なら知ってるはずだと尋ねてみました。


「セリナ、その、杖はここにあるんだが……すまないセリナ、ブラウスの方は血の汚れを落とせなかったものだから捨ててもらった。すまない」


「そんな!?」


 オーダーメイドで仕立ててもらった私のブラウスが!?……あれ結構お気に入りでしたのに、うぅ……。



「お、例のお嬢ちゃんか」


「期待のルーキーのご帰還だな」


 救護院を後にして、宿に戻る前に一度ギルドを経由した私達を迎えたのは好奇の類の視線でした。


 最初に訪れた時も似たようなものでしたが、あちらは値踏みしたり下卑たものが多かったですし、それとは別物だと感じます。私の実力を認めたが故のもののようです。


「おいおい体の方は大丈夫なのか~? まだ寝ててもバチは当たらないぜぇ~?」


「ご心配なく。既に救護院の方が手を尽くしてくださいました」


「初探索でゴブリンナイトとチャンピオンを倒すなんて中々やるじゃねぇか! 貴族様ってのは強さも違ぇなぁ」


「お褒めにあずかり光栄です。これでも腕に覚えはありますので」


 やはり私が相対したのはただのゴブリンではなかったようでした。ゴブリンライダー程度ならば容易に倒せましたけれど、あの3体は別格でした。まぁ二度と無理はしようとは思いませんが、今の私でもどうにかなる相手であるとわかったのは僥倖です。


 そうして冒険者の皆様から声をかけられながら受付へと進んでいくと、見覚えのある女性と巨漢――確かこのギルドの副長とゴンザレスという方がこちらにやってきました……うぅ、見るだけで寒気が止まりません。


「セリナ様ですね。話があるので奥の方へと来ていただけますか」


 しかも真剣なまなざしでこちらを見つめているものですから逃げたくても逃げられません……表情からして昨日のようにただお叱りを受けるということだけは無さそうですけれど、やはり恐いです。


「べ、ベティ、その……手、手を握っていただけますか?」


「な、なんなりと!……はい」


 ベティも震えながら私の手を握ってもらい、お父様と一緒に副長と呼ばれた方の後をついていく。応接室と思しきところへと案内されるとそのままソファーに座るよう促されました。


「今回の討伐はお見事でした……それに関しては称賛させていただきます」


「あら」


「ですが」


 いきなりお叱りを受けると思っていたものですから、まず私の活躍を褒めて下さったのは驚きました……あ、でもこれは駄目です。絶対に𠮟られる流れです。


「なぁ、登録したてでいきなりレベルが高い魔物を3体も同時に相手どるとか馬鹿か? 本物の馬鹿なのか?」


 やはり。今の私のレベルよりも強い魔物でした。学院でも強敵とは単独でなく複数人で対処するよう申し付けられていましたけれど、仕方なかったでしょう! あそこで一緒に逃げられたらやっていました!


「いえ、その……あ、あそこで腰を抜かしたミーナさんや荷物持ちをしてくれたアーニーを助けるためにも殿しんがりになる必要がありまして……」


「だからって自分の命を粗末にする馬鹿がいるかぁ!!」


 ギルドの副長は激昂し、そのまま拳を振り下ろしてテーブルを破壊しました……怖い。本当に怖い。もう帰っていいですか? おうちかえりたい。


「……失礼。少々取り乱しました」


「あ、はい。お気になさらず……」


 落ち着きを取り戻しては下さりましたけれどやっぱり怖い。そばに立ってらっしゃるゴンザレスさんも震えてます。こんな風に叱られたことはほとんどないですから怖さもひとしおです。うぅ、早く終わって……。


「事実、そちらの無謀に近い行動のおかげでレベルが10以上のヒーラーを失わずに済んだのは事実です。改めてお礼を述べさせてもらいます」


 無謀……まぁ間違ってはいませんけれど、なるほど。ミーナさんはヒーラーでしたか。


 確かにヒーラーの適性のある方は中々現れませんし、大抵は貴族の方がスカウトしているという話も夜会などでうかがっております。だからこそ副長が礼を述べる意味もわかりました。


「いえ、お気になさらず。私もそちらの派遣した冒険者や職員の方のおかげで傷一つ残らずに戻ってこれたのです。そのことに感謝こそすれど恩を売るつもりはありませんわ」


 であれば冒険者ギルドとしても彼女の存在は大事なはず。彼女を生還させた恩義で怒りを吞んでくださったということでしょう。


 それだけじゃありません。私を救助するためにもどれだけの人間が動いたか。それを考えればここは礼を述べるべきだと判断しました。


「流石は貴族といったところで……とりあえず先の恩もありますし、今回のことは不問にいたします。ですが今後は慎むように」


 結果は……お目こぼしをいただいたとはいえ及第点以上でしょうか。


 いえ、ほんのわずかとはいえお金も手元に残って、下階の魔物の強さもある程度測れて生き延びることに成功した。この時点で相当の見返りを手にしたと思うべきでしょう。


「副長、少々おうかがいしたい事が」


「用件によります、どうぞ」


そんな時、ふとお父様が何か気になったようで副長に尋ねました。何か不備でもあったのでしょうか。


「今回私の娘が相手をした魔物の特徴、特にレベルについて教えてくれないだろうか」


 そう言ってお父様は頭を下げられました。

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