第29話 遭遇②

「うへへへへ~」


「なっ! なんなのだ! ご主人様助けてなのだ!」


「いいではないか。いいではないか」


「やっ! 止めるのだ! んんんっそこさわっちゃ駄目だのだ~」


「………」


 なんだこれ? 謎の女性がルーちゃんを撫で回している。

 モフモフの尻尾から柔らかそうな胸まで全身隈なく撫でまわす女性。

 嫌がり逃げようとするルーちゃんを逃がさないとばかりに絡め取るような動き……やってることはエッチなのだが、この女性かなりできるとみた。

 それに、あのルーちゃんが振りほどくこともできず、えっちい目に遭ってうろたえ悶える姿なんて初めて見るぞ。

 


 次第にエスカレートする行為に周囲も気付いたようだ。


「好美? お前何してんだよ。つか、いつの間に来たんだよ」


「ミヤカ助けてなのだ~」


「ダ~メ。モフモフちゃん観念するのだ~」


 ゴン! ――と、音の聞こえそうな拳骨が謎の女性に落とされる。


「いったぁぁぁぁぁぁ!」


「コラっ! 好美!」


 謎の女性に拳骨を落としたのは、6英雄の湊さん。

 頭を押さえて涙目になっているのは……もしかして、いや好美って言ってたし。

 でもなんで? 本物?


「酷いよ萬代ちゃん。せっかく急いで来たのに。ちょっとくらいご褒美くれたっていいじゃんか。ケチっ! 鬼! 悪魔! ましろん!」


 なんか酷いフレーズだな……。


「ほほ~ 好美はまだ拳骨が欲しいみたいね」


「いや結構です。軽い冗談じゃないですか……いやだな~ あははは」


 間違いない―――謎の女性の正体。それは、6英雄最後の一人である 楠條なんじょう 好美よしみさんだった。

 ドラマの収録で来れなかったはずの彼女がなぜここに? 

 それになんだろうこの親近感。

 湊さんに怒られる楠條さん。……まるで誰かさんのようだ。


 

 僕の後ろに隠れるように怯えるルーちゃん。

 よしよし怖かったねぇ。邪悪なお姉さんは退治されたから安心するといい。

 

 これは、なかなかに役得かもしれない。

 サラサラな銀髪に可愛らしいケモミミ、なんとも言えない独特ないい匂いをもつ少女が僕にぎゅっとしがみついている。

 もうね。頭を撫でるだけで変な気分になってくる。

 これは癒しだ。このモフモフは癒しだ。

 そこにエロさはない。ないったらないのだ! モフリセラピーなのだ!





 怒られている楠條さん以外にも遅れてやってきた探索者がいたらしい。

 もとより8月からの予定だったこの作戦、スケジュールの都合で出発が遅れたメンバーもいたのは知っている。

 一日の遅れぐらいなら10層で追いつくと思い、強行軍で追いかけて来たらしいけど……予想外に進んでいて20層で追いついたとのこと。

 そう話してくれたのは、遅れてやってきたAランク探索者のお姉さん。

 なんかごめんなさい。その原因の一端は僕たち3人にあります。


 後詰部隊は全部で5人。Sランクの楠條さん以外は全員Aランクだった。


 そして、強行軍を可能にしたのは最新鋭の軍事用自立型ロボット。もとは災害救助用に開発された六足歩行ロボットを改良したもので、ダンジョン内でも動けるように多脚歩行とクローラーによる移動を、状況により使い分けられる仕様になっている。

 梯子の昇り降りこそできないが、急こう配の階段でも問題なく昇り降りできる。

 このロボットの利点はその運動性と運搬能力だろう。

 食料品から予備の武器、ダンジョン資源の運搬までマルチに活躍できる。

 重火器ではモンスターにダメージを与えれないため、戦闘面では役に立たないが重い荷物を持たなくていいメリットは大きい。


 その最新型を利用して後詰部隊が来たのだけど……ほんとごめんなさい。

 せっかく持ってきてもらった携帯食、いらないです。

 重い荷物も先発隊はともかく、後発隊は誰も持ってません。

 なぜならば、ルーちゃんの空間収納に全部収まってるからね。持っているのはすぐに必要な分だけだから身軽なんです。


 その事実を知って崩れ落ちる 5名。

 その 5名にそっと出される苺のショートケーキ。

 甘いものを食べると、癒やされて幸せな気持ちになるよね。 “スイーツが嫌いな女子はいない” と言っても過言ではないはず!



 うんうん。餌付けは基本。見事に 5人とも釣れました。パチパチパチ。


 餌付けされた 5人は疲労もあり、すぐに寝静まった。

 これで僕たちも再び寝ることができる? 

 …………

 ルーちゃん? なぜスリスリしてくるの? マーキングですか? 楠條さんのニオイそんなに嫌なんですか? 僕のニオイで上書きですか?

 ………

 まあ今更ですけど……あまりスリスリされると僕のあそこがムクムクしてきちゃうんですけど。


 はいごめんなさい。穂香さんこれは生理現象です。見逃してください。

 ――って、なんでルーちゃんに対抗するように反対側からくっつくんだよぉぉ!

 そんな恥ずかしそうな顔するくらいなら離れろ。

 

 ああっもう! 知らん!




「死ねよクソガキ」

「ああっ俺のケモミミ様を……おのれ!」

「ここダンジョンだよな。何でアイツだけいい思いしてんの? マジ死ねよ!」


 ……なんか男性陣から呪詛が発せられているのですが……気のせい。気のせいですよね。


(クスクス)


 耳元で囁くような声……精霊さん? 

 あのときはありがとうございました。


 精霊さん?

 だが、返事はない。


 またどこかで囁いてくれるかな? 楽しみにしてますね。


 

 


  ◇


 予定より早いとはいえ、ダンジョン突入から既に 33時間が経過している。

 ここからはAランク探索者はともかく、Bランク探索者には荷が重くなってくる。

 当初の予定通り、ここからは僕たち後発隊の出番となる。

 ―――のだが、僕たち 3人には後ろに待機してろと言う。酷くね?


 僕にいつまでも先行くお姉さんたちのお尻を眺めていろと? 少しは暴れさせろ!

 

 それは穂香たちも同意見だったみたいで、抗議の結果―――たまになら前衛で戦ってもいいと言質を頂きました。


 ふっふっふ。前衛に出たらそのまま突き進んでやろうかな。


「ホノカ、ご主人様が何か悪い顔している」


「正宗のことだから、“前衛に出たら戦闘終了後もそのまま突き進んでやろうかな” とか思ってるんでしょ。どうせ」


「うぐっ!」


「ほらやっぱり。でも面白そうね。やっちゃう?」


「やるのだ!」


 気心の知れた幼馴染の女の子と自由奔放のケモミミ少女。ふっ、ちょろいな。




 21層も今までと同様の城塞タイプのダンジョンだった。

 だが、そこに出現するモンスターはこれまでとは違い強敵が出現する。


 最初のお客さんは、巨大なトカゲさん。ドレイクと呼ばれる爬虫類種。

 硬い外装と鋭い爪と牙を持ち、その牙には毒を持っている。

 ここまできた探索者なら、油断さえしなければ問題なく倒せるだろうけど、数で来られると厄介な相手だ。

 

 二体のドレイクに先に仕掛けたのは、森口さんみやりん

 相変わらず見事な剣捌きでドレイクを圧倒していく。

 もう一体も、槍を巧みに扱う湊さんましろんが抑えていた。

 

 そして、止めをさしたのは自分の身長と同じくらい長い大太刀を持った楠條さんよしみんだった。彼女は美麗な見た目に反して、なかなかのパワーファイターのようだ。


 さすがは 6英雄、息もピッタリでこの階層のモンスターでは相手にならない。


 ローテーションで続くAランク探索者のお姉さんは、多少苦戦するものの問題なく倒すことができた。


 幾度の戦闘をこなし、ついにやってきた僕たちの番。

 22層も中盤、大きな城門から現れたのは巨大な赤い蟻の大群だった。


「嘘でしょう……火炎蟻の大群なんてヤバいって!」

「援護をしましょう!」


「問題ないのだ。皆はそこで見ているのだ!」


 焦る森口さんたちを制したのは、ケモミミ少女だった。

 揺れる尻尾は、やる気満々なようだ。これは楽しい戦闘になりそうだ。


「ああその通りだ! 行くぞ穂香!」


「ええ、正宗こそヘマしないでね」


 嬉しそうに微笑み、走り出す幼馴染。

 

 


 僕たちの突撃後、そこには灼熱の大地と化した城門があった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る