第26話 ダンジョンにあるオアシス①

 開放感のある庭園、そこに流れる清流。

 そしてプールのような溜池。


「これは確かに入りたくなりますね」


 穂香は、目の前に広がる光景にそう呟く。


「でしょう。殺伐としたダンジョンのオアシスといった感じかな」

「汗も流せて気持ちいいぞ」


 話は湊さんから聞いて知っていたが、ここまでとは思わなかった。

 汗臭くなっているのも事実なんだよね。


「でも、タオルはともかく石鹸とか持ってきてませんよ」


「大丈夫ほらあそこ。ヘチマみたいな植物があるでしょう。通常のヘチマと違ってな、そのまま使える優れものなんだぞ。それにいい匂いもする」


「へえ~ あれもダンジョン資源ですか」


「ああ、欲しがる製薬会社は多いと聞くぞ」


「なるほど……」


 それは理解した。だが、ここはモンスターの闊歩するダンジョンである。

 幼馴染の男の子が周囲を警戒してくれているとはいえ、無防備な姿をさらすわけにはいかない。

 ―――そう思っていると、後発隊のリーダーを兼ねている湊さんがキチンと見張りを立てると言ってきた。

 そりゃそうよね。警戒すべきはモンスターだけじゃなく、先発隊には野獣おとこどももいる。引き返して来て覗かないとも言い切れない。

 数年前には、ここでモンスター? による下着の盗難事件も発生したらしい。


「大丈夫なのだ。先発隊は皆離れていったし、ご主人様はあっちでモンスターと戦ってるから今のうちに入るのだ」


「ルーちゃんは相変わらず凄いわね。でも、そういうことなら遠慮なく汗流させてもらうわ。正宗君なら1人でも問題ないだろうし」


「ですね。でも彼が覗いてきたらどうします?」


「う~んそうねぇ。いいんじゃないかしら。彼かわいいし堂々と見せてあげるわ」


「なっ! 駄目に決まってるでしょう!」


「真樹は自信ないもんね~」


「ど、どこを見て話してるんですかぁぁ! ちゃんとありますから」


「ふう~ん、真樹下にパット落ちてるわよ」


「えっ⁉ 嘘! どこに?」


「冗談よ。もう皆知ってるんだから隠さなくてもいいのに」


「酷いよ美耶華ちゃん」


 水路に笑いが木霊する。

 なるほど……様々なメディアに注目される 6英雄にも悩みはあるわけだ。

 とりわけスタイルに自信がない眞田さんは引け目を感じていると。

 ボディスーツのあの膨らみは……偽物であるということになる。

 うん。私は何も見なかったし聞かなかった。そうしよう。


 私は自分の大きく膨らんだ胸を見る―――隣に住む幼馴染の男の子の視線を虜にする胸がそこにはある。それだけで私は嬉しくなった。


「ホノカ―水が冷たくて気持ちいいのだ! ホノカも早くなのだ」


「うん。今いくよ」





  ◇


 僕は今、猿のモンスター集団と戦闘中であった。


 一人寂しく通路を進んでいると空間の歪みが生じているのを発見したのだ。

 その歪みからリポップしたモンスターは灰色の大きなテナガザル。

 その数 8体。こっちは僕一人。


 数の不利は承知している。だが、ここで引くわけにはいかない。

 この先には穂香たちが水浴びをしているのだから。

 

「スケベそうな顔しやがって! ここは通さんぞ!」


 僕だって本当は女性の水浴びしている現場を覗きたい。

 だが、そうするとマジで人生終わりそうに思えてならない。

 見つからなければ良いって? 甘いな。

 相手にはあの気配と臭いを読み取るにたけた獣人族の少女が居る。

 僕の位置などお見通しだろう。

 覗きなど速攻バレるに決まっている。


「ヘリウムガスを吸ったみたいな音域の高い声で鳴きやがってうるせえんだよ!」


 僕は怒りの矛先を目の前のテナガザルにぶつける。

 愛刀の間合いに入ったテナガザルに斬撃をお見舞いする。

 仲間の猿を庇うように、別の個体が襲ってくる。

 返す刀で、愛刀を横薙ぎに振るう。



 次第にテナガザルは数が減り、残り1体。


「これでラストだぁぁ!」


 素早く動くテナガザルの動きを見切るように袈裟斬りにした。

 断末魔とともに粒子となって消えていく。

 いつもの光景だ。そして僕は残った素材を拾い集めていく。


 するとなんだろう? 不思議な感覚がした。

 いや声か?


(クスクス)

 耳元で囁くような声……それもごく僅かな小さい笑い声。

 

 モンスター? いや違うな禍々しい気配は感じない。

 子どもの声みたいな無邪気な声だ。

 声はすれど姿は見えない。


(こっちこっち)


 謎の声に導かれるように通路を進んで行く。

 デバイスで地図を確認するとこの先は行き止まりのはずだ。


 案の定通路はそこで終わっていた。

 3方向を壁に覆われた典型的な行き止まり。

 だが、謎の声はそこを調べろと言う。

 隠し扉でもあるのかな? そう思い調べてみると不自然な岩の出っ張りがあった。


 その出っ張りを押してみると、壁の一部が音を立てて動き出した。

 ビンゴ! 隠し扉だ。


 デバイスの地図にも載っていない隠し部屋の存在に僕の心は踊った。

 外から見た感じ部屋の中は結構広い。

 地図上で見ると、穂香たちのいる広場の側まで丁度ぐるっと一周回ってきた辺りになる。


 こ、これは上手くいけば……覗くチャンスがあるかもしれない。

 そう思い部屋の中へと足を踏み入れた。

 

 薄暗い部屋の奥に光源とおぼしき窓がある以外には、格別何かがあるといった感じはない。ただ広いだけのように思える。

 虫が光りに吸い寄せられるように僕も光源たる窓へと吸い寄せられる。


 そこで見たものは―――そう、理想郷パラダイスが広がっていた。




「穂香ちゃん……大きいわね」


「ちょっ! いきなり何するんですか!」


「いいではないか。こんな立派なもの持って。彼氏も嬉しいでしょうね」

「どれどれ。これはなかなか張りもあっていいわね。それに若いだけあってもちもちね。うらやましいわ~」


「んっん~ も、揉まないでください」


「穂香ちゃん諦めなさい」


「森口さん……見てないで……んん……助けて」




 鼻から血を拭き出して倒れそうな光景がそこにあった。

 何も身に付けていない生まれたままの裸身、眩しいほどの美貌を誇る女性たちがキャッキャッと騒ぎながら水浴びしていた。


 ここは天国ですか? 幼馴染の少女のあられもない姿。その少女が複数の女性に胸を揉みしだかれ悲鳴を上げていた。

 それだけでも高校生が一度は夢を見てあそこを脹らませただろう。

 クラスメイトの男子が見たらうらやましがるだろう。


「ありがとう精霊さん」

 

 僕は姿の見えない謎の声の主を精霊さんと呼ぶことにしてお礼を述べた。




 一糸まとわぬ無防備な姿で髪を洗い、岩場に腰掛ける女性たち。

 どこを見てもムフフな光景が……魅力的な女性の裸身がいっぱいある中でも、幼馴染のそれは強烈だった。

 うわああぁぁぁぁぁ……母親以外動画でしか見たことのない実物が目の前に。――って、この窓……向こうからは見えていないのか?

 僕が窓越しに覗いていても誰も気付いている気配がしない。

 いや、ケモミミ少女がこっちを見てる!


 ヤバいバレた⁉

 ―――そう思ったときだった。

 背後に殺気を感じて、その場を飛び退いた。


 僕が飛び退いた場所に衝撃が走る。

 地面が割れ破片が飛び散ったその場にいたのは、黒いテナガザルだった。



 先ほど戦った灰色のテナガザルより一回りは大きく 2m以上はありそうな黒い巨体。全身を立派な黒い毛で覆われており威圧感が半端ない。

 こいつは上位種か? 初めて見る個体だった。

 ――が、その頭にあるものを被っており全てを台無しにしている感がある。


 それは、女性のものと思われる赤い縞々のパンツ。

 そのパンツを帽子のように頭に被る黒いテナガザル。


「………」

 何こいつ⁉ モンスターにもパンツを頭に被る風習みたいなのあるの?

 どう見ても変態じゃねえか。



「ア゛ア゛――――――ッ‼」


 鼓膜が破れそうなほどの大きな咆哮。

 こ、こらっ! そんな大きな声を出すな! バレたらどうする⁉ だが、僕には後ろを振り返る余裕がなかった。

 目を逸らしたらやられる。こいつは今まで出会ったどのモンスターよりも強そうであり、変態チックなモンスターだった。 

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