ウマシカ勝たん!

浅倉 茉白

本編

ウマシカ勝たん!

 あぁ。ワシは哀れな神だ。生者せいじゃ馬鹿ばかに見えるものだから、賢者けんじゃを与えたら対立しおった。しかも賢者の一方的な展開に。


 こりゃいかんと思ったワシは、異なる世界で、自らに筋肉をつけすぎ、圧死した者の魂に目をつけた。彼をこの世界に召喚し、馬鹿の味方につけるのだ。


 そうしたら世界は……どうなるのじゃ? とりあえず、やってしまえ!



✳︎


「ふぅ」


 シカ王は玉座で頬杖をつき、ため息を一つ。


「まだ誰も、姫を取り戻す案は浮かばないのか」


 シカ王の問いかけにうつむき、首を振る配下たち。


「どうしてあの日、姫を行かせてしまったのか……。いや、食事に誘われたから行かせただけだ。一人で来てくださいと言われたからその通りにしただけなのだ」


 シカ王はそう言って二度目のため息を吐く。いかんいかんと首を振り、姿勢を正す。


「では、あの勇者の剣はどうだ。引き抜いた者はおらぬのか?」


 そうシカ王が尋ね、配下たちが再び首を振ろうとしたとき。城に、眩い光が差し込んだ。


「今、引き抜いてきた」


 その者は、質素な茶色の衣をまとい、屈強な肉体が所々から見えていた。眩い光は、剣の反射だった。


「おお。そなたは」


 シカ王が玉座から立ち上がり、剣にも負けぬ目の輝きで尋ねる。


「オレはウマシカ。産まれたての子鹿のようなときから、馬のような強さがあった。そう親から聞いている」


「ほぉ。ではそなたが、選ばれし勇者」


「らしいな。ただ、力づくで引き抜いただけだが」


「そうだろう、そうだろう。あれは相当重く埋めておいた。引き抜ける者は、相当な力持ちだ」


「ふん。そんなことはどうでもいい。それよりオレは、何をしたらいい」


「もちろん、ホース姫の救出だ。ホース姫を知の国に奪われてからは、この国はやられたい放題だ」


「なるほどな。じゃあ、行ってくる」


 ウマシカは振り向きざまに後ろ手で剣を放り投げ、剣は王の頭上をわずかに通り越し、玉座の背もたれに突き刺さる。


「そなた、武器はいいのか。道はわかるのか」


 シカ王に聞かれ、振り向かぬまま、ウマシカは立ち止まり答える。


「オレにはこの拳がある。道は必ずどこかに繋がっている」


「なるほどなぁ」


 シカ王は感心し、ウマシカはそのまま走り去った。むちゃくちゃ走った。崖に辿り着いては、違う方角に走り、めちゃくちゃ走って、知の国に辿り着いた。



✳︎


「おい、貴様何者だ。名を名乗れ」

 知の国の門前で、兵士に囲まれるウマシカ。


「オレはウマシカ。ホース姫を取り戻しに来た」


「なんだと、バカめ。そんな正直に言うやつがおるか。貴様は連行だ」


 そのとき、ウマシカは低い声でうなり始めた。


「ぬぁぁぁぁぁはぁぁぁぁぁ」


「なんだこいつ? うわぁぁぁ!?」


 ウマシカが両手の拳をグッと握りしめ、広げただけで、周りの兵士たちが吹き飛ぶ。


「オレは強いぞ。気をつけろ!」


 ウマシカはそう言って走り出した。誰も追いつかぬスピードで突っ走る。気づけば、あれよあれよとホース姫を捕らえている城の上部に辿り着いた。


「な、なんだ貴様は」


「オレはウマシカ。お前こそ誰だ」


「わたしは知の国の王、ノシリモ。ところで、なんなんだその屈強な体は。ここへ何しに来た」


「ホース姫を取り戻しに来た」


「そうか、いいだろう。では、ホース姫を返す代わりに、お前がここへ残ってもらう。どうだ、悪い話ではあるまい」


「うるせぇ!」


「なんだと!?」


「ホース姫を取り戻し、オレは帰る」


「ふん、確かに普通はそうしたいところだろう。だがな、ここにいればお前は、あのバカな国にいるよりも良い思いができるだろう。なんだって手に入るぞ、お前がここにさえいてくれればな」


 ノシリモはニヤリと笑う。


「はっはっは。うるせぇ」


「何?」


 ノシリモがウマシカを睨みつける。


「何を言いたいのか知らねぇが、オレはホース姫を取り戻し、帰るだけだ!」


「くっコイツ……だが賢者である、わたしにはわかる。こいつには敵わない。姫は返すし、お前は帰れ。この国も終わりだ……」


「そうか。じゃあ帰る。行くぞ! ホース姫」


「あっ、ハイ」



✳︎


 こうして世界に平和が戻った。帰り道、ホース姫はウマシカの背に乗せられたまま、告白した。


「そなたほど強いお方は見たことがありませぬ」


「そうか」


「ぜひとも、わたくしたちの力になってくださいませ。できれば、次の王に」


「ほぉ。王か。そんなものに興味はない」


「え、えぇ? でもわたくしは、あなたのことを。それでは、わたくしが姫をやめます」


「なぜ、そんなことを言う」


「えぇ、だって」


「あなたは姫でいればいい。姫なのだから」


「ああ、うぅ」


「オレはオレで、王ではない。ただ、王になりたくなれば、そのときはそのときだ」


「では、わたくしは、その時を待ちます」


「待たなくていい。時は動く、流れるものだ」


「ああ、うぅ」


 そうしてウマシカはいずれ、筋肉をつけすぎ、圧死することになる。おわり。

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