36.味がわかる? わからない?

 茶屋を後にして。俺たちはエルズの先導で蕎麦屋に向かった。


「茶屋での様子だと。あの取り澄ましすぎた世界は、君たちの好みではなかったようだね。次は、もっと砕けた場にしよう」


 エルズはクスクスと悪気のない笑いをしながらそう言った。


「兄貴。俺もさっきみたいな店はあんまり好かん」

「お前はそうだろうな」

「肉を食おうぜ」

「セニアンは肉が苦手だ。鶏肉だけは好きらしいが」

「つまんねえ女だよな、兄貴の嫁って」

「そうとしか見えないお前の目は、濁っているということだ。わからんだろうな」

「……なんていうか。兄貴は、セニアンのどこに惚れたんだよ? 反属だから、子供も作れないのに」

「心の美しさ。そう言っても、お前には分からんだろうがな」

「……なんだか、自分が劣っているような気がするから嫌になる……」


 アルズとエルズのやり取りを見て、何ということも無いようにクスクス笑うセニアン。この人、なんかすげえ。


   * * *


「鴨の塩甘酢締めと、笊蕎麦。それに、天麩羅の盛り合わせを五人前。いや、六人前。頼む」

「畏まりました」


 ちなみに、エルズたちが住んでいる北街区と、俺たちの借家のある南街区は、普段ほとんど人の交流がない。物流はあるけど。それだけ、住んでいる人種が違うってことだ。

 町長代行をしているエルズは、南街区の巡察をすることもよくあるらしいが。


 その北街区は、食事処の値段や品格も南街区の物とは比べ物にならないくらいに高い。武具屋も、さっきの茶屋も然りだ。

 食う物の味までが、違う。さっきの茶屋で食った干し芋は美味しかったけど。お茶も美味しかったな。でも、物足りなさが凄い。


「この蕎麦屋は、悪くない。君たちの気に入るといいんだが」


 エルズはにこにこしながら言う。


「なあ。なんでそんなに上機嫌なんだ? エルズ」


 俺は思わず聞いた。


「気に入った人間に、旨いものを食べさせる。こういったことは楽しいものだよ」

「……そういうもんかね」

「そう言うことですね」


 セニアンもにこにこしている。


「はっ! 貧乏人にこの店の味がわかるとは思えないけどな!!」


 アルズが、悪態をつく。


「お前の品性の無さは、そこらの貧乏人顔負けだな。こんな店に来て、兄の連れを面罵するとは」


 エルズが鋭い目つきで口元を笑わせながら。視線でアルズを叱咤する。


「……ちっ」


 アルズがおとなしくなる。こいつ、完全に兄のエルズに負けてる。


「お待たせいたしました。鴨の塩甘酢締め、笊蕎麦、天麩羅の盛り合わせ。六人前になります」


 俺たちが座っている座卓席に、料理が運ばれてきた。


   * * *


 なんだこれは。

 旨い。すげー旨い。

 蕎麦はコシがあって、なおかつ蕎麦粉の香りが芳醇にして。

 そばつゆも、多分昆布ベースの出汁が濃厚に効いていて。醤油も濃すぎずに、舌に不快な辛みを与えることもない。

 鴨の塩甘酢締めって料理は初めて食べる。これも、旨い。鴨の鶏肉の出汁と、甘酢で〆てある肉のうまみに、塩が効いていて。口の中に幸せが広がる。


 そして、何よりも天麩羅だ。

 シイタケ、シロギス、甘芋、蓮根、エビ、南瓜。

 これだけの種類があった。

 衣はさっくりとして、不快な脂の匂いは一切せずに……。


「荏胡麻油で揚げてある。美味しいかい?」


 おれは、食べるのに夢中で。頷くだけだった。

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