33.町長の娘婿

「それ以上はやめてほしい。さすがに、弟が死ぬのはキツイ。魔人は自分の身を自分で守るのが常とは言えね」

「……あんた、だれだ?」

「エルズ、という。そこで暴れようとしたアルズの兄だ」


 アルズとは違って、落ち着いた佇まいを見せる、赤い肌の魔人。清潔で折り目のきっちりとした白っぽい着物を着ている。


「……俺の女に変な真似したんだ。許せないかな」

「金なら払える。それで詫びになるものならな」

「んな問題じゃないんだよ。ネレイドは、俺の大切な女だ」

「すまん。弟に代わって謝る」

「弟に土下座させろ。俺にじゃなくて、ネレイドに対してな」

「……そうだな。当然かもしれん」


 そのエルズの言葉に。アルズはあんぐりと口を開いて驚いた。


「兄貴……! 何言ってんだよ!! 炎魔将の親族たるものが……。こんな出自もわからない卑しい奴らに土下座できるか!!」

「その卑しきもの相手に、右肩を吹っ飛ばされた奴の言葉か? このままでは、お前。殺されるぞ?」

「血の大切さってものが……、あって!!」

「そもそも血の貴賤さは、実力を血が伝えるからあるものだ。実力で劣ればその血族が落ちぶれていくのは当然のことだぞ」

「……兄貴。アイツ殺してくれよ!!」

「このバカが。私の名前を使って、街でお前が傍若無人に振舞っていることは知っているのだぞ。お前が、私の名前を使うことで実力以上な我儘をしているから。私は頭を悩ませているのだ」

「……縁故も実力のうち、じゃないのかよ」

「この大バカが。それは政治レベルの話だ。街で暴れて、縁故によって実力以上の楽しみを得ようなどとは。私が他から笑われるぞ。弟の制御もできないのかとな」

「……」

「まだ言うことはあるか? アルズ」

「兄貴……。わかった」


 アルズはそう言うと。言うことを聞かなくなった右腕を引きちぎって地面に捨てると。

 ネレイドの前で土下座した。


「済まなかった。好きな男がいる女を、無理やりモノにしようとして」

「……いやだった。でも、根に持ってないから。腕が治ったら、またお団子食べに来てくださいね」


 ネレイドは、謝ってくれたらそれでいい、というような表情で。あっさりアルズを赦した。


「さて。ケジメはつけさせた。これは、私からの慰謝料だ。弟の制御を誤って、君と君の彼女に迷惑をかけたことに対するね」


 エルズが、袖の中から紙に包まれた金子らしきものを取り出して、俺に渡してきた。


「……受け取りたくねー……」

「貰っとこうよ、アルバド。お金はあったほうがいいってば」

「……んじゃ、ネレイドが貰っといて。実質被害に遭ったのって、ネレイドだし」

「うん」


 ネレイドはエルズから金子を受け取ると、懐にしまった。


   * * *


 エルズが懐から出した呪符。それをアルズの右肩の欠損部にペタペタと張り付けると。アルズの肩からの出血が止まった。なんだあれ、すげえ便利な呪符だな。


「アルズ。腕一本直すのにもそれなりの呪符を使う。つまりは、金を使う。経済というものをいい加減に分かれ。お前が街で略奪をしたものも、経済活動の輪に入っているものだぞ。お前は、我儘でこの町の経済状態を不全に陥れるつもりか?」

「いや、兄貴。すまん……。欲しいものがあると、我慢が出来ん性分で」

「それは、性分ではないぞ。ただの自制心の欠如だ。訓練次第でどうにでもなる」


 エルズとアルズは、お茶と団子を注文しなおした。片腕になったアルズは、不便そうに左手で茶を啜って、一回湯飲みを置いて、団子を齧った。

 エルズは、茶を飲む姿勢も洗練されている。なんか、見てて気持ちのいい姿勢で湯飲みを使い、串に刺さった団子を食う。


「さて。アルバド君と言ったね。これを渡しておこう」

「金はさっき貰ったよ」

「いや、名刺だよ。君がアルズの肩を吹っ飛ばした腕前。見事だった」

「名刺?」

「私の名刺だ。町長の娘婿をさせてもらっているのでね。もし、何か困りごとがあればそれをもって町長の屋敷まで来てくれれば。便宜をはからえる」

「……なるほど。でも、俺たち。金が貯まったらこの町から出ようと思ってるぜ?」

「ならば、出るときに。私の屋敷に来てくれ。正式には妻の家なのだがね。隣町まで、馬車で送らせよう」


 は? なんでそんなことしてくれるの?

 俺はそう聞いてみたんだけど。


「腕のいい、付加魔法士と知り合いになるのは、私としても益がある」


 ということらしい。俺が魔法を使ったのは、今日が初めてなんだけどな。

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