バズりの神様
YouTuberという動画配信で金を稼ぐ職業が一般化した昨今、そういう職業を生業としている人達を見る度に思い出す事がある。
あれはまだ「動画の広告収益で稼ぐ」という事が認知されはじめた頃の話だ。
俺の友人にHという、映像関係の仕事で働いている男がいた。学生時代からの知り合いで、映像を撮るという事に関しては並々ならない情熱があった。
そんなHが「最近は動画をアップロードして広告収益で小遣いが稼げる」という話を、酒の席で言ってきた事があった。
俺は話半分に聞いていたが、似たようなことで話題になっているクリエイターや一般人が何人かいるらしいと、Hから幾つか似たような事をしている動画配信者を教えて貰った。
ここでは書けないが、今では相当な有名人になっているクリエイターが名を連ねており、Hはまだまだ参入する余地があり、自分の映像制作技術を見せる為にはもってこいの場所だ、と興奮していた。
俺はHから運営するチャンネルを教えてもらい、後日になって見る事にした。
Hは映像クリエイターらしく、非常に凝った編集の動画を投稿していた。
ただ、お世辞にも動画の内容や、やっている事に関してはあまり面白みを感じなかった。ありふれた日常ブログをそのまま映像化したような、そんな感じの動画ばかりだった。
それに、台本もそれほど面白くなく、全体的にパッとしないチャンネルだと感じた。それぞれの動画も、多い物で1万程度、平均すれば5000代ぐらいの再生数で、いきなり始めたにしては多いがそれほどバズっているチャンネルではなかったという。
俺はそれでも、知り合いのチャンネルという事で頻繁にチェックしていたが、やがて見なくなってしまった。
その後、俺は仕事が忙しくなり、友人たちとの交友に割けるほどの時間が無くなっていった。
仕事の関係で海外に長期出張へ行く事になってしまったのも原因の一つだろう。ネットに触れる時間も少なくなり、いつしかHと会ってから1年以上の時間が経過していた。
ようやく仕事が落ち着き、日本に帰国した俺はHと久々に飲もうという話を持ち掛け、会う事にした。
久々に再会したHは、俺が知るHではなくなっていた。
髪を金髪に染め、耳にはピアスがバチバチに付いていて、身体のあちこちに刺青を入れており、普通のサラリーマンのような風貌だったHからは想像も出来ない姿に変わっていた。
話を聞くと、すでに勤めていた会社を退職し、今では動画の広告収益だけで食っていると語っていた。
最初、俺は信じられないような気持ちだった。Hはちゃんと地に足のついた男であり、動画の収益はあくまで小遣い稼ぎで、本業の仕事はちゃんと続けると、以前会った時は語っていた。そもそも、不安定な生活が耐えられないと語るほどにしっかりとした人間だっただけに、小遣い稼ぎとまで言った仕事でちゃんと食べていけてるのか?と心配になった。
だが、目を燦々と輝かせるHは「チャンネルの運営は順調だ」「会社員として働いていた頃よりも充実した素晴らしい生活を送っている」「人生が変わった」と、そんな事ばかり俺に伝えてきた。
話を聞くと、動画が伸び悩んでいた時期に「おかみさまちゃんねる」なる動画チャンネルと出会い、そのクリエイターの動画を真似した所、ぐんぐんとチャンネルが成長していったという。
そして、Hはそのチャンネルの運営者と接触し、直々に「バズる」動画制作術を教えてもらい、今では絶好調なのだと言う。
話半分に聞いていた俺は「そんな事もあるもんなんだなぁ」と思いつつ、時間も遅くなったので解散した。
帰宅し、シャワーを浴びた俺は、寝る前にHのチャンネルを久々に確認しようと思った。
パソコンを開いて、ブラウザで検索をかけた後、俺の眠気は一気に吹き飛んだ。
Hのチャンネルは明らかに狂っていた。
初期の当たり障りのない動画は完全に鳴りを潜め、過激な活動――それこそ破壊や自傷行動も同然な、明らかに奇怪な行動が様々な動画に収められていたからだ。
通行人に対して悪質な悪戯を仕掛ける、公共の場を荒らす、自分が怪我をして、流血するような危険行為を何度も繰り返す、今では即座にアウトと見なされる動画が所せましと並んでいた。
温厚で、虫も殺せなさそうなHからは想像もつかない程の蛮行がチャンネルの中で繰り返されていた。
その動画も、編集に凝っていたHからは考えられないようなブツ切りの有様で、撮ってきた映像をそのまま無編集で載せているような動画ばかりだった。
しかし、恐ろしいのは動画の再生数が、昔の数倍以上に膨れ上がり、コメント欄にはHの動画を楽しむ視聴者の肯定的なコメントで溢れていて、更にゾッとした。
動画の一覧をスクロールしていくと、Hの言う通り、ある時期から格段に動画の内容が変わっている事がわかった。
そして、「おかみさまちゃんねるの運営さんと会ってきました!」というタイトルの動画以降、明らかにチャンネルの作風が変わっている事に気が付いた。
俺は意を決してその動画をクリックしたが、再生されるのは画面に何が映っているのか判別できないデジタルノイズだらけの映像と、雑音だらけで何も聞き取れないHの喋り声だけだった。
翌日、俺は仕事を休んでまでHの元に行くと、Hを問いただした。
お前はどうにかしている、今すぐ動画を作るのをやめろ、でなければ取り返しがつかなくなるぞ、と説得にかかった。
だが、Hはヘラヘラと笑いながら、虚ろな目で首を左右に振った。
何を言っても「わかってないなぁ」「これがいいんだ」「バズった時の感動はお前も知らないだろう」と返すばかりで、何一つ聞く耳を持たなかった。本当に、目の前にいるのが本当に見知った友人なのか疑問にまで思うぐらいだった。
腹の奥底まで冷えるような不気味な感覚に襲われた俺は、その日の内にどうにかHの家族の電話番号を突き止め、連絡を取った。
友人の俺でダメなら、家族に言わせてどうにかするまでだ。長年のHとの友情も壊れるだろうかと思ったが、このままで黙ってHが破滅するのを見るよりは数億倍マシだと考えた。
信じて貰えず、電話を切られる事も覚悟で、俺はHの家族に電話をかけた。
Hの家族は遠方に住んでいて、長らくHとは会っておらず、帰省しろと言っても「忙しいから」と無視され、最近は実家に戻っていないという事だった。
息子さんが明らかに病んでしまっている、早く止めなければならない、ネットにおかしな動画を上げ始めている、友人の俺でも説得できなかった、とHの家族に伝えた。
家族には辛いと思うが、当人のチャンネルも教えた。家族は動画のサムネイルを見た時点で、Hが狂ってしまったのだと一発で理解したという。
Hの父親から忠告を教えてくれて感謝する、という旨の返事と共に、電話は切れた。
後日、俺の元にHの家族から連絡があり、Hの父が直々にやってきて頭を下げ、感謝を伝えに来た。
Hは措置入院する事になった。
俺からの説得と通報の後、心配になった家族がすぐさまHの家へ訪れると、Hはガソリン缶を用意し、動画の配信準備をしている真っ最中だったという。
Hの家族が問い詰めると、Hはケタケタと笑いながら一番の大詰めだ、この動画がバズったら俺は神様になれる、等と言って聞かなかったという。
焼身自殺をライブ配信するつもりだったのだ。
その後、Hは長い入院生活を強いられる事になった。Hのチャンネルはまもなく削除された。
最近になってHはようやく社会復帰できたそうで、俺は久々にHと会う事が出来た。髪は元の黒色に戻り、ピアスだらけだった耳も穴が塞がっていたが、未だに身体の至る所に入れた刺青はそのままになっている。
当時の出来事をHは殆ど覚えておらず、大量に残っていた映像データも「怖すぎて見てらいられない」との理由で封印したままだと言う。何件かの動画は無断転載されていたが、今ではネットの膨大な動画に埋もれ、忘れ去られている。
Hはどうしてそんな事をしたのか未だにわからず、ただただ自分が怖くなったと話している、それまで、仕事も私生活もすべて順調で、どこにも狂う要素は無かったという。
いつか、自分がまた同じ状態になるのではないかと不安になっていたが、俺は友人としてちゃんと見張っていてやるし、道を外れてもちゃんと連れ戻すと伝えた。
その後も、Hとは定期的に会っているが、平穏無事に毎日を過ごしている。
未だにHはインターネットに触れる生活をしていない。
最後に残った謎は、Hが参考にしたという「おかみさまちゃんねる」だった。
検索をしてもそれらしいチャンネルは見つからず、H自身も「どんな内容の動画があったか」は覚えていないという。Hのチャンネルも消えたため、手がかりも殆どない。
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