第2話 裏


 ベアトリーチェリーチェと立てた計画は驚くほど順調だった。


 リーチェが表立ってミリスミリーを批判してくれ、自分とミリーの問題だからと手出しをしないよう周囲を諌めてくれたおかげで、リーチェ以外がミリーをいじめることはない。


 万が一のために将来は騎士になりたいという俺に忠実な女生徒と、女性の影もミリーの護衛として配置したが問題なし。

 彼女等のおかげでミリーがどこにいるかすぐに分かるので、暇さえあればすぐに会いに行けている。


 そのお陰もあって、俺とミリーの仲は確実に縮まっていた。


 あとは、リーチェがミリーをいじめている現場を押さえ、卒業パーティーで今までのことを断罪。その時、リーチェの希望通り国外追放をすれば全てが予定通りになる。

 リーチェは、本当はミリーに怪我でもさせれば完璧だと言っていたが、リーチェも俺も『それはなし』と同意見で話をでっち上げるということにした。


 ミリーにピッタリのドレスだって、サイズをこっそり入手して用意した。それを照れ笑いしながら着てくれるはずだった。

 俺とミリーの運命の恋は成就する。そのはずだった。そのはずだったんだ……。


 なのに──。



 階段の踊り場でふらついたミリーは、階段から落ちていく。その途中、ミリーは無理な体制で手すりを掴んだ。それでも、落ちてくる勢いはなかなか止まらない。


 グォギッッ──。


 という鈍い音と共にリーチェの悲鳴が響いた。

 あらぬ方向へと曲げられたミリーの右手は、手すりから離れ、そのことで自由になった身体は階段を転がり落ちてくる。


 ゴトッゴトゴトトトトトト……。


 ゴトリゴトリと身体を打ち付けながら落ちてきたミリーは、一番下まで落ちきったことで動きが止まった。俺は指一本も動かせず、呆然とその姿を見ていた。



 ……何が、起こった? 助けようとしたら、何故か落ちてくるミリーと視線があった。それで──。


 ミリーは俺の上に落ちないように無理矢理手すりを掴んだのか?


 ありえないだろ。だって、どう考えても受け止められた方が安全だ。普通ならそうする。……そうするはずだ。

 だが、疑惑は消えない。俺が無事なのを確認したのか、気を失う直前に確かにミリーは俺を見て笑った。虚ろな目で。


「────っっミリー!!」


 動けなかったのは、どのくらいの時だったのだろうか。ミリーの右手首は酷く腫れていて、熱を持っている。もしかしたら、頭も打ち付けているかもしれない。

 影に治癒師を呼ばせなければ……と視線を向ければ既にそこにはいない。ということは、呼びに向かってくれているのだろう。


「ミリー! 死なないでくれ!!」


 どうしたら良いのか分からず、ただひたすらにミリーへと声をかけた。いや、叫んでいたの間違いかもしれない。


 少しでも離れたらもう二度と会えなくなるのではないか。そんな不安にかられてミリーを抱き締めようと、彼女の身体を起こそうとした時──。


「ダメーーっっ!!」


 と、リーチェのものとは思えないほどの甲高い声が響いた。

 驚いて視線を階段の上と向ければ、へたり込んでいるリーチェが首を横に振った。


「頭を……頭をぶつけているかもしれませんわ。動かすのは危険ですわ」


 そう言ったリーチェの声は震えていた。きっと怖いのだろう。だが、そんなリーチェに優しくできるほど、俺にも余裕はなかった。

 治癒師は傷は治せても、死者を甦らせることはできない。治癒師が来る前にもしもミリーが死んでしまったら……。


「ミリー。どうか、どうか死なないでくれ……」


 治癒師が来るまでの時間は永遠のようだった。


 

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