第26話 世界の果て



 随分と平和ボケしたものだった。

 ”王”の脅威を知りながら、自分には関係がないと、その存在を軽んじてしまった。

 その結果がどうだ?

 ゴートンは自分の愚かさを悔いる。

 ”王”の出現を確認した時点で動くべきだった……どこか、ゴートンの中にも同じ”獣”としてのシンパシーがあったのだろうか? すぐに決断することができなかった。

 やがて大規模な戦が起こるだろう。

 かつて世界の覇権を掛けて巻き起こった大戦と同等か、それ以上の規模の戦が……。

 戦の勝敗に興味はない。

 どの種族が勝利したところで、所詮自分ははみ出し者だからだ。

 だが、戦火に巻き込まれたとして、自分は無事だとしても愛しいラモーはどうなる?

 今まで一人で生きてきたツケが回ってきたのだ。自分の基準でしか物事を判断することができない……数千年生きてきて、そんなことも理解していなかったなんてお笑い種だ。

 今からでも遅くはない。

 否

 今から動かなくてはもう間に合わない。

 長い間逃げ続ける日々を送ってきた。それでうまくいくと思い込んでいた。

 逃げるだけではだめだ。

 だから……。

 ゴートンは目の前に垂直にそびえたつ巨大な崖を見上げる。

 ”世界の果て”と呼ばれるこの崖の上に、ゴートンの求めているものがある。

 愛用の木製スタッフを紐で背中に括り付け、静かに深呼吸をする。

 いくらゴートンの身体能力が優れていようと、この崖のぼりは命がけだった。

 数秒目を閉じて精神統一を済ませると、ゴートンは最初の岩に手を掛けた。







 全身の筋肉が悲鳴を上げている。

 たかが数百年前線から退いていただけで、身体能力がここまで鈍くなるとは思ってもみなかった。

 腹に力を込めて右手を伸ばす。指先に当たった出っ張りを掴み、軽く揺らして崩れない事を確認してからグイっと体を引き上げる。

 ”世界の果て”と呼ばれるこの崖はの頂上は、「翼をもつもの以外立ち入ることができない」と呼ばれている。

 天まで届けとそびえたった垂直の崖を目の前にして、その崖を登ろうなんて考えが浮かぶことすらバカバカしくなってくるのだ。

 突如強風がゴートンの体を拭きぬけた。彼の巨体がぐらりと揺れて、崖から引きはがされそうになる。

 ぐっと全身に力を込めて崖肌に密着し、強風が吹き終えるのを待つ。

 どんどん消耗していく体力。ゴートンはぐっと息を止め、風が止むその時を待つ。

 脳内には愛しいラモーの姿が浮かぶ。

 ゴートンの手の中で自らの無力を嘆き、震えていた彼女の姿を……。



 違うんだラモー。

 君は無力じゃない。

 君は、誰よりも強い。

 だから、そんな風に泣かないでくれ。


 君が泣くと、私は悲しい 

 右も左もわからぬ極寒の地で、ただ一人裸で立ち呆けているような気分になる。

 君は私の光。私の熱。私の希望。私の生きる意味。

 だから…………少しだけ待っていて欲しい。



 風が、止んだ。

 カッと目を見開く。

 全身の力を込めて、ゴートンは一気に崖を登り始める。

 超人的なスピードで崖を登り続けた彼は、やがてその場所にたどり着く。

 「翼をもつもの以外立ち入ることができない」と呼ばれる崖の頂上。

 翼を持たぬ山羊頭はその領域に降り立った。

 地面を踏みしめ、荒い息を吐き出しながら目線はまっすぐにソレを見つめる。

 岩に刀身半ばまで突き刺さった、一本の古びた剣。

 雨風にさらされ錆びついたその剣を、ゴートンはゆっくりと引き抜くのだった。




 

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