第5話 狩り

 蛇の王”バジリスク”。

 最大10メートルほどの個体も確認されている大型の魔物。鉄も溶かす酸性の毒液を持ち、鱗は生半可な刃など弾いてしまうほど強固。

 それだけでも厄介な存在だが、かの存在を象徴する特徴として”視線を合わせた生物を石化させる魔眼”があげられる。

「やはり対バジリスクにおいては魔眼対策が必須だ。どれだけレベルに差があろうが、石化の魔眼が発動してしまえばバジリスクの勝利……”王”と呼ばれるだけの事はあるね」

 バジリスクの目撃例がある場所へ向かう道中、ゴートンはラモーにバジリスクの生態についてレクチャーしていた。

「面倒な相手だな……基本的には視線を合わさないって対処法で問題ないのか?」

 ラモーの問いに、ゴートンは頷く。

「基本的にはその認識で問題ない。かなり難易度が高いが、高レベルの戦士ならなんとか対処可能な呪いだ。もちろん、事故はかなり多いがね」

 そして、ゴートンは表情がほとんど読み取れない山羊の顔で、器用にニヤリと笑って見せた。

「”普通”ならばそうするしかない。対石化の対策なんてほとんど無いからね……そう”普通”ならね」

「なんだ、その言い方だったら良い対策をもってそうだな」

「もちろん!今君の目の前にいるのは30レベルを超えた希有な治癒術士だからね。対呪いのエンチャントを君に付与することができる。効果は数分だけど、全ての呪いに対する耐性を得る上位スキルさ」

 誇らしげに胸を張るゴートン。ラモーはそのほほえましい様子に少しクスリと笑ってしまう。

「おいおい笑わないでくれ……これは実際凄いスキルなんだよ?」

「あぁ、すまんすまん。馬鹿にするような意図は全くないんだが……何というかスキルを自慢するアンタが愛らしくてね」

 ラモーの言葉に、ゴートンはポリポリと頬を掻く。

「君には驚かせられてばかりだ。まさかこんな山羊頭の男に向かって”愛らしい”なんて言葉がでるなんてね」

「不服か?」

「いや、言われ慣れていない言葉だから驚いただけだ。ありがとう、凄くうれしいよ。こんなナリをしているからね。人間にあったらだいたい化け物扱いされるのさ」

「そいつらは見る目がないんだよ」

「君には審美眼がそなわっているのかい?」

 からかうようなゴートンに、ラモーは大まじめに頷いた。

「幼い頃から人間の醜い部分を存分に見てきた。綺麗なナリをしている連中も、腹の中はどす黒いドロドロがつまっているなんて事はざらにある。だからなゴートン。アタシは誰かを見た目だけで決めつけたりはしない」

「そう……だったね。ごめんよ、辛いことを思い出させたかな?」

「気にすんな……それで、バジリスクの対策はそのエンチャントだけでいいのか?」

 ラモーの問いに、ゴートンは少し考える。

「んー、基本的にはそれで問題ないと思うけど……石化の魔眼が無いとしても、バジリスクは強力な魔物だ。君の実力を信じていない訳じゃ無いけれど、真正面から戦うのは少しリスクがあるかもしれないね」

「となると……何か作戦……罠を構えていた方がいいかもな」

 相手は強大な存在とはいえ、知能は普通の蛇と同程度。ならば、これは戦というよりは狩りに近い。

 ラモーは野性の獣を狩る時の罠を数パターン思考し、そしてゴートンの顔を見てポンと手を打った。

「いい手が浮かんだぜゴートン」

「へえ、聞かせてくれよ」

 ラモーはニヤリと意地悪く笑う。

「狩りの基本戦術だ。餌でおびきよせ、獲物が油断している所を死角から叩く……一番シンプルで、それでいて効果が高い」

「なるほど、バジリスクの餌になる動物で誘いだして奇襲するわけだね。いいと思うよ、じゃあその餌を準備しないと……」

 そこまで言ったところで、少し嫌な予感がした。

 ラモーの口角が意地悪くつり上がっている。この表情を浮かべた彼女が、まともな発言をするはずが無い。

「いいや、ゴートン餌は準備しなくてもいいぜ……可愛い子山羊ちゃんが、ここにいるじゃないか」

 ラモーの意図を理解したゴートンは、大きく肩を落とした。

「長いこと生きているけど、蛇の餌扱いされたのは初めてだよ……」





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