第29話 ドラゴンとナイソウ

「シロぉぉぉぉ! てめぇ、なんでドラゴンなんて連れてきてんだよぉ!」


「すまんにゃ、道草探してたらうっかり遭遇したにゃ。おそらく、ここは奴の縄張りにゃ」


 グオオオオオ!


 ドラゴンは、突然現れた侵入者に対し怒りの咆哮を上げる。

 オレたちは、すたこらさっさとドラゴンとは反対側に向かって走る。


「この先、絶賛行き止まりにゃ! さっき見てきたから間違いないにゃ!」


「なに自信満々に言ってんだよ!」


「にゃにゃっ! 横穴発見にゃ! バックトラック仕掛けて、あそこに飛び込むにゃ!」


 おお、バックトラック!

 あの足跡の上を踏んで後ろ向きに戻って、敵の追跡をかわすあれか!

 そう思ってウキウキで実践しようとするが、なかなか上手くいかない。

 四足しそくで移動してたシロは、猫らしい素早さでとっくに戻りきって横穴の中に飛び込んでる。

 後ろからはゆっくりと、でも確実にドラゴンが迫ってきている。


(あ~、火でも吹きかけられたら、再生するのにかなり時間かかるだろうなぁ)


 焦りが、さらにバランスを崩させる。


「ええいっ、もうめんどくせぇ!」


 オレは思いっきり地面を蹴ると、そのまま宙をポンポンポンと続けて蹴る。

 そして横穴のところまで跳ぶと、マントで風を受けてゆっくりと落下し、シロの待ち受ける穴の中へと見事転がり込んだ。


「すごいにゃ! ゴブリンのくせに空飛んでたにゃ!」


「いや、だからゴブリンじゃないんだけどな」


 ぶっつけ本番で試してみたけど上手くいってよかった。

 やっぱり、これが魔王装備の本来の性能か。

 人間ゆえか、魔力門が開いてなかったゆえか。

 手に入れてから使いこなすまでにかかった年数、なんと千九百年。

 長すぎる。うん、長すぎるよ……。


 そんな感慨に浸っていると、横穴に潜んだオレたちの目の前をドラゴンが通過していった。


 ズシーン! ズシーン!


 ドラゴンは立ち止まると、見失った獲物の足跡を探してキョロキョロしている。


(どうか気づかれませんように……!)


 舌をチロチロさせながら周囲を伺うドラゴン。


(気づくなよ~、ナムナム……)


 クルリ。


 祈りながら身を潜めていると、ドラゴンが反対側を向いた。


「ホッ……」


 オレが安堵の息をついた瞬間。


 ドラゴンの首がくるりと振り向き、穴の中で小さく身をかがめているオレと目が合った。


 ガアアアアアアッ!


 ドラゴンが一直線にこちらへ向けて突っ込んでくる。


(くそ……! ここは穴の中だ……! オレは大丈夫だが、火でも吐かれたらシロが死ぬ……! ここは、オレが穴から飛び出して囮になって……)


 オレが横穴から飛び出でようとした時。


「こっちだっ!」


 背後から声が響き、後ろへと引っ張られた。


「え、なに!? わっ……!?」


「にゃにゃにゃ~!?」


 オレとシロは横穴のさらに奥まで転がり落ちる。


「ってぇ~……! なにしやがんだよ!」


「しっ!」


 声の主は口に指を当てて、静かにするように促す。

 その人物姿は……。


「え……鎧ゴブリン……?」


 そう、オレとシロを後ろに引っ張ったのは鎧ゴブリンだった。

 ただし、オレの見たことのない知らない個体だ。


「ドラゴンは舌先で温度や匂いを感知して獲物を見つける。ここなら構造的に奴からの死角になっている」


「でも、火を吐かれたら……!」


「それも大丈夫だ」


 グォォオオオオオ!


 という怒りの咆哮が鳴った後、ドラゴンは大きく息を吸い、横穴の中目掛けて火を吹き込んできた。


(ヤバい、終わった……! シロだけは守らなくちゃ……!)


 シロを抱きしめて身を固める。


「ここは縦横無尽に穴が張り巡らされていてな。気流の流れ的に──」


 ゴウッ!


「炎は上へ流れる」


 チリチリとした空気が上に伸びた穴の方へと吸い込まれていく。


「にゃにゃ、いつまで抱きついてるにゃ。暑いにゃ」


「ああ、すまん」


 慌ててシロから手を離す。


「どうなってるんだ……?」


 戸惑うオレに鎧ゴブリンが声をかける。


「次のブレスまでは時間がかかるはずだ。さっさとここから脱出しよう」


「あんた……一体なんの語り部なんだ?」


「オレの名前はナイソウ。【鉱石】について語り継ぐ語り部の一族だ。よろしくな、同族の者よ」


 ああ、オレの見た目がゴブリンそっくりだったから同族だと思ったのか。

 だから助けたと。

 なんか、この見た目が初めて役に立った気がする。


 ともあれ。

 これが鉱石の語り部ナイソウと、オレたちとの最初の出会いだった。

 シロが嬉しそうに声を上げる。


「にゃにゃっ! 鎧ゴブリンさっそく一匹ゲットにゃ!」

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