第14話 剣聖ゴブリン

 捕虜の尋問。

 ある意味、憧れのシチュエーションではある。


 いやいや、別に残虐な意味とかじゃなくて。ほら、刑事の取り調べとか、裁判官が判決を言い渡す時の木槌とか。なんかそういうシチュエーション的な憧れを感じない? 


 なんでそんな話をするのかというと、オレは今、まさにその尋問を行っているからだ。


「正直に知っていることを言え。言わないとぉ~……」


 オレはシバタロウくんに目配せする。


「こちょこちょこちょこちょ~!」


 シバタロウくんの容赦ない無邪気な「こちょこちょ」攻撃が鎧ゴブリンを襲う。オレがタイタンゴブリンを細切れにした後、霧散していく魔物たちの中に鎧ゴブリンを見つけたんで、ヒョイとひっ捕らえて、ここ冒険者ギルドの一室まで連れてきたのだ。


「オラオラ、なんでこんな街を襲おうとやってきたんだ、お前らは~? 素直に吐かないと、もっとひどい目に遭うぞ~?」


「ギャハハハハッ! 言っても……ギャハっ! 殺すんだろ! なら、殺せよ! ギャハハハッ!」


「な~にを女騎士みたいなこと言ってんだ、お前は」


「女騎士?」


 おっと、いかんいかん。ここにはユージのパーティーメンバーもいるんだった。特に、このヒーラーのお嬢さんは気品にあふれている。下手な下ネタを聞かせる訳にはいかない。


「ご主人さま、ここに女騎士はいないですよ?」


 不思議そうな顔をして小首をかしげるシバタロウくん。そうだよね、ごめんね。もう二度と下ネタは言わないからね。シバタロウくんの教育にも悪いもんね。うん、約束するよ、お兄さん。にっこり。


「お、女騎士(おんなきし)じゃなくて、オ……オンーアイーイ……そ、そう、オーガリーチ……だったな~、アハハ、言い間違えちゃったな~」


「オーガリーチ?」


「はい、オレのいたダンジョンに生息するオーガの亜種で、こういう口答えばっかりする奴で困ったもんでしたよ」


 はい、ウソで~す!

 そんなモンスターいませ~ん!

 口からでまかせで~す!


「ほう……それは興味深いですな……。あとで詳しく聞かせてもらっても?」


 食いついてきたのは冒険者ギルド長のおっさん。名前は、たしかマッキンレーとか言ってた気がする。あ~、頼むからオレのデマ話に食いつかないでくれ~。サラッと流してくれよ~。話の本筋じゃないんだからさ~、たのむよ~。


「あと、『女騎士』についても詳しくご教示願いたいですな」


 マッキンレーは、そう言ってウインクを飛ばしてくる。


 こいつ……色々わかったうえで、おちょくってきてんな? なんか初老に足突っ込んでるおっさんなくせに変な色気漂わせてるし。だいたい、細身で長身の細マッチョ、黒髪ロン毛で毛先にパーマかかってて、通った鼻筋にダンディーなヒゲ、タレ目で二重で低音ボイスって、よく見りゃ女性ウケを具現化したような存在じゃねーか、このおっさん! それで気まで利いて、オレにちょっかいかけてくるような大人の余裕とウィットも兼ね備えてるとか、世の中の全男性の敵かよ、こいつ。


「オーガリーチ? そんな種族はいね~よ」


 こちょぐりの刑の途切れた鎧ゴブリンが口を挟んでくる。


「ほう? なんでお前がそんなこと言い切れるんだ? オレは二千年かけて、あのダンジョンを踏破してきた男だぞ? オレよりもお前のほうが詳しいと、なぜ言えるんだ?」


 イケオジのマッキンレーへの敵対心を鎧ゴブリンに向けて八つ当たりする。このまま煽り散らしていって「オレが嘘をついたことは、鎧ゴブリンの口を割らせるためだったのか~! さす(が)ガル(ム)! 天才だ!」と言われるように誘導してやるぜぇ~。


「あ? そりゃオレが語り部の一族だからだよ」


「語り部の一族?」


「は? お前、オレがなにかも知らなくて捕まえてきたのか?」


 スッ、とオレの前にマッキンレーが手をかざす。


「語り部の一族。魔物の中で最も寿命が短く、最も歴史の長いゴブリンにおいて、口伝くでんにより、その歴史のすべてを語り継いできたという鎧の一族。誰も目にしたものがいないため、空想上の生き物と思われていたのですが、本当に存在するとは……」


「ケッ、ちっとはマシな奴もいるみたいだな、下等な人間どもの中にもよ」


 あっ……これ、手柄を全部このおっさんに持っていかれる流れだ……。


「あっ……そ、そうそうっ! 語り部のね! うんうん、語り部のっ! あ~、オレのウソに引っかかって、ついに口を開きやがったな、コノヤロー!」


 そんなオレの人権リカバーを狙った発言も誰にも触れられることなく、イケおじマッキンレーと鎧ゴブリンの話は続いていく。


「たしか、語り部の一族は七匹いると言われている。種族について語る者、歴史について語る者、政治について語る者、食料について語る者、鉱石について語る者、技術について語る者、そしてルールについて語る者」


 ああ、またこのイケオジが知識を披露してオレとの差を広げていく……。もうやめてくれ、イケおじ……。オレを置いて行かないで……。


「よく知ってるじゃねぇか。ただしオレたちを数える時は『匹』じゃなくて『にん』な。人型だろ? 今後、オレたちのことを呼ぶ時は『匹』じゃなくて『にん』と言え」


「それは失礼した、語り部の一族よ。で、そなたは一体何に関しての口伝を?」


「……種族だ」


「では、問おう。種族の語り部よ。なぜ此度こたび、お前たちは我らの町に侵攻したのだ」


「──そいつのせいだよ」


「──へ? オレ?」


 急に話を振られたオレ。なんのことか全く理解できず、ぽかんと口を開けることしか出来ない。


「ほらぁああああ! やっぱし、そいつが原因じゃないか! そいつが全部悪いんだ! その悪魔があっ!」


「いいから、ユージはちょっと黙ってて」


 部屋の出口付近で一人でぽつんとイジケてたユージが息を吹き返すも、ヒーラーの女の子にあっさりとあしらわれる。


「で、彼がどうして侵攻の原因に?」


「あくまで伝承の中での話なんだが……」


 そう前置きをすると、鎧ゴブリンは静かに語りだした。


 まず、二千年前にオレが玉座の間で殺した緑色のゴブリンは【魔王ゴブリン】というものだったらしい。

 なんかあっさり倒しちゃった気がするんだけど、あれは運がよかったのかなんなのか。

 で、次の魔王を決めなきゃいけなかったんだけど、魔王を殺したオレが次期魔王の第一候補になるのが慣例なのだそうだ。

 なぜなら、魔王を倒した者は【魔王の器】というものを継承するかららしい。

 だが、オレは人なので、魔王を倒しても【魔王の器】というものを継承してない。

 継承してないから争いようがない。

 そんなこんなで、魔王の座は二千年間ずっと空席になっていた。

 魔王の証の【魔王の器】がないからだ。


 しかし、今日の夕方になって、初めて【魔王の器】の出現が確認されたらしい。

 今日の夕方というと。

 オレとシバタロウくんが大型魔法陣に封印されそうになって、なんか闇の力(かっこいい!)的なもので真っ二つに切り裂いた頃合いとちょうど一致する。

【ゴブリンの魔王の器】はゴブリンであれば、誰でも自然と感知できる。

 だもんで、「二千年ぶりに魔王が復活したぞ」と、魔王の座を狙うゴブリンの眷属が押し寄せたというわけだ。


「やっぱりお前が原因なんじゃないくあぁぁああああ! って、ぐあっ!? 邪魔するな、そいつを殺させろっ!」


「はいはい、ユージはちょっと黙ってて」


 もはや、ちょっと可哀想な子扱いされるようになってきたユージはさておいて、オレは気になったことを鎧ゴブリンに聞いてみる。


「なぁ、率直に聞くけど、オレってその【魔王ゴブリン】だったりするのか?」


「……わからん」


「わからん?」


「ああ、まず本当にお前が魔王なのであれば、オレはお前にこんな口の聞き方は出来ねぇ。なぜなら、【魔王ゴブリン】には、同種であるゴブリン一族を平伏させられる強制力があるからだ。ただし、昨日の夕方の気配と、さっきのタイタンゴブリンを細切れにした時のお前からは、魔王の気配が色濃く感じられた」


「ふむ……つまり、まだ覚醒していないが、【魔王の器】を保有しているのは間違いない、と。そういうわけだ」


 あ~! またイケオジの冒険者ギルド長マッキンレーに結論を奪われた!


「ああ、そうだ。そして、今後もお前を倒して魔王の座につこうと、腕に覚えのある同族がここに向かってくるだろう。お前がここにいる限り、な」


 え、なに、その「第二、第三の敵が云々」みたいなの。


「ふむ……つまり……」


 マッキンレーがオレをギロリと睨む。急に背中に悪寒が走った。このおっさん……只者じゃないな……っ!?


「そうだ! ギルド長マッキンレー! 今すぐそいつを斬り殺しましょう! そうすれば、この街は平和に戻るのです!」


 ユージが叫ぶ。

 しまった、油断しすぎてたか。

 急いで腰に手を回す。

 右手で剣の柄を握り、左手でシバタロウくんを守る。

 緊迫した空気が漂う中、マッキンレーの意外な言葉が部屋に響いた。


「こいつが街にいればっ! 魔物の方から勝手にやってきて、我がギルドはボロ儲け出来るということだなっ!」


「…………は?」


 オレ、ユージ、鎧ゴブリンの声がアホみたいにぴったしに揃う。


「ガルム殿がこれからもここにいるだけで、我らは魔物狩り放題! 素材剥ぎ放題! ランク上げ放題! ギルドのランクも上がり、私も中央に呼び戻される! ああ、素晴らしい、いいことづくめじゃないか!」


「……え、ギルド長? 街の人とか危険なんじゃ……?」


「うむ、では非戦闘員の者には避難してもらおう! 戦える者だけが残るがよい!」


「ええ~……」


 ドン引き気味な女性陣に対し、狩人(よく見たら彼はエルフだった)やドワーフは好意的だ。


「ランク上げ放題! そりゃいいぜ! オレのエルフ弓術の腕を世界にアピールするチャンスだな!」


「ふむ……あのタイタンゴブリンクラスのモンスターが次々現れるとなると……いい素材が採れるのう」


 鎧ゴブリンも呆れたように呟く。


「マジかよ、こいつら……。まったく、人間ってのは本当に業が深い……。これからどうなっても知らねぇぞ、オレは」


 テンションの上がりきったマッキンレーが部屋を出てズンズンと廊下を進んでいく。


「え、ちょ、ちょっと!」


 後を追いかけるオレ。え、こんな魔王になる可能性のある奴を街に置いとくってマジなの? っていうかオレを餌に魔物を釣るとかマジで言ってんのか、この人?


 バーン!


 マッキンレーが、冒険者ギルドの扉を威勢よく開け放つ。

 湿った朝の空気が流れ込んでくる。

 うっすらと遠くの山々の境界線が紫色に染まっている。

 そして、地べたには座り込んでいる人々の姿。

 夜中の戦いに参加していた冒険者たちだ。

 彼らの表情を見て、オレはハッとする。

 みんな、鎧ゴブリンの尋問の結果をいち早く聞きたくて、一睡もせずにここで待っていたのだ。

 なぜって?

 それはきっと、彼らが冒険者だから。

 一刻も早く情報を得ることが、自身の名声を上げること、そして金を稼ぐことに繋がることを熟知している人種だから。

 オレは天を仰ぐ。

 そういう人種が、マッキンレーの話を聞いてどう反応するかを察したからだ。


「みんな、聞いてくれ! これからさっきのような侵攻が度々起こるらしい!」


 辺りがざわめく。


「狙いは、このガルム殿だ!」


 マッキンレーは、オレの肩を掴んで前に押し出す。老年で細身なのに、信じられないくらいの強い力で驚く。


「つまり! ガルム殿がいる限り、我々は今宵のようなランクの素材と経験値を狩り放題なのだ!」


「うおおおおおおおおおおおおお!」


 街中に響き渡る冒険者たちの声、声、声。


「オレ、こういう戦いがしたくて冒険者になったんだよ!」

「ヤバい敵が来ても、ガルムさんがいりゃ大丈夫だろ!」

「ああ、オレは見てたが、あの剣技はマジで【剣聖】と言っていいレベルだったぜ!」

「剣聖!? マジかよ! じゃあ剣聖ゴブリンってことだな!」

「剣聖ゴブリンか……いいじゃねぇか」

「剣聖ゴブリン! 剣聖ゴブリン!」


 朝露あさづゆしたたるる朝ぼらけの中、剣聖ゴブリンコールが街を包む。

 そして、オレはこの日から。


【剣聖ゴブリン】と呼ばれるようになった。

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