第十二話「番いの鳥」

                  ◇


「――リズ。起きなさい、リズ」

 

 気が付くと、あたしの目の前には馴染みの白猫の姿があった。起き上がって辺りを見渡すと、さっきまでと変わらない、血の海と化した聖堂内の惨状が目に映る。


「アイラ。……あいつらは?」

「行ってしまったわ。特に何事もなく、ね」

「……そっか」


 溜息をつくと、どっと肩の荷が下りた気がした。

 両手を上げて、大きく伸びをする。


「んんん……にゃああああああああもおおおおおおおおおおおおおって痛ッっったああああああああああああああああああッ!?!?」

「何やってるのかしらこの子……」


 激痛で床を転げまわるあたしを、アイラは呆れた様子で見つめる。ちくしょう。大怪我してたのすっかり忘れてた。足だけは頑張って直したけど、他はもう全身バキバキのボロボロのままなんだった。


「あーもう何なのよ一体! 今日一日で色々ありすぎ! ってかもう死ぬッッ程しくじりまくったし……」

「……ずっと見ていたけれど、確かに、今回の手際は褒められたものではないわね。彼が居なかったら今頃死んでたわよ、あなた」

「分かってる。分かってるわよ。……ああもう、ほんっっと」


 アホすぎて死にたくなってくる。いっそ、殺してくれればよかったのに。


「……カグラギ」


 仰向けになって天井を見上げる。

 目を開けても、閉じても。あいつの顔が、声が、戦う姿が――まだ焼き付いて離れなかった。なに? これ。……なんなの。どうすればいいの。顔が熱い。それに、心臓が破裂しそう。初めて見た時からずっと。今も、頭がおかしくなりそうなくらい、脳みそがぐちゃぐちゃで。思い出せば思い出すほど、泣きたくなるくらいに、胸が、――苦しい。


「……大丈夫? リズ」

「……ねえ、アイラ。あいつ、……なんであたしを見逃したんだろう」

「……さあ。分からないけれど。……どうせまた会いに行くんでしょう?」

「……うん。そうじゃなきゃ、色々と気が済まないしね」

 

 気持ちを切り替えて、起き上がる。

 そして、あたしはすぐ近くに横たわるそいつの前にしゃがみこんだ。


「……アンヌ」


 顔の血を拭って、見開かれた両目を閉じてやる。

 それで、少しはマシな死に顔になった。


「……いつだったかの夜さ、修道院のみんなで身の上話とかしてたよね。そん時あたしは、遠くから盗み聞いてただけなんだけど。あんたとユーリが、修道院に来る前、どんな目にあってたか。聞いた時は割と、本気で同情してた」


 あれは、あたしの小さい頃よりも、ひどい話だった。綺麗な顔に生まれるってことは、必ずしも幸福じゃないことを、その時に知った。


「……でも、だからって。何人殺してるのよ。あの村の人たちは、あんたの村の人たちじゃないでしょ。三つ編みのあの子は、お腹の中に赤ちゃんもいた。麦が枯れてたのは、あの人たちが怠けてたからじゃない。それなのに……あんたは」


 罪悪感もないままに殺した。そしてこれからもきっと殺し続ける。

 だから、あたしは。


「あ、アンヌ様から離れろ! 魔女め!」


 急にそんな声がして後ろを向くと、やたらへっぴり腰の聖堂騎士の姿があった。


「……ああ。生き残りがいたんだ?」

「ええ。さっきまで気絶してたみたい」

「お、おのれ……あ、あれ? 剣が抜け、身体が、全然動かない!?」


 そりゃそうだ。もうとっくに眼を見て”管”は通してる。


「き、貴様ら! アンヌ様を、よくもッ……! 絶対に許さん、許さんぞ!」

「へえ? 命乞いでもするのかと思ったら。結構骨があるじゃない。ま。別にどうでもいいけどね。どっちにしろあんたの運命は決まってるから」

「こ、殺すなら殺すがいいッ! 私は……私は決して屈しないぞ!」

「何も取って食いやしないわよ。ただ、命令を聞いてもらうだけ」

「ぐ……!?」


 意識を奪い、あたしは速やかに命令を下す。


「……地下の安置所に隠し道がある。その先に古い死体の山と、新しい女の死体がある。探索者ギルドのユーリ。わかるでしょ? そこの聖女サマの死体と一緒に、弔ってあげて」


 命令を聞き終えると、聖堂騎士は黙々と歩き去っていった。

 あたしも、それを見送って歩き出す。

 外に出ると、街はすっかりオレンジ色の夕闇に覆われてた。

 息を吸いこむと、ようやく自分が生きている実感が湧いてくる。

 まるで違う世界に迷い込んでいたような、夢でも見ていたような気分だった。


「……?」


 ふと、路上をぴょこぴょこ跳ね回る二匹の小鳥が目に留まる。青と茶色の綺麗なヤツ。名前は、なんだったか。昔どっかで、見たような。


『――ねえ、リーゼロッテ。リーゼロッテってば』

『……何? 今これ読んでて忙しいんだけど』

『もう。話を聞いてなかったの? 前にも言ったかもしれないけど、』

『ここを出たらユーリと二人で式を挙げようと思うの。でも、どちらが花婿役をするべきなのか迷っていて。私は勿論この子のドレス姿が見たいのよ? だけれど』

『私はアンヌのドレスが見たい。だって、絶対私より似合うもん』

『ふーん。……じゃあ、どっちもドレスを着れば?』

『!? ねえ、それ! アンヌ!』 

『ええ! ああ、何でこんな簡単な事に気づかなかったの! リーゼロッテ。本当に貴方はいい友達ね。いつだって私達の事を受け入れて、真剣に考えてくれるもの!』

『は、はあ? いや別に、友達とか』

『ねえ、アンヌ。リーゼロッテが結婚したら、私達もお祝いしないとね』

『そうね、ユーリ。その時は一緒に、たくさんの花束を抱えて行きましょう』

『……。いや、あのさ、あたしのこと好きになる奴なんかいないし、結婚なんか」

『できるわよ。絶対できる!』

『そうよ。貴女は本当に良い娘だもの。きっと、素敵な人が見つかるわ』

『うん。私達よりも!』


 妙な記憶が頭を過ぎって。変な笑いが零れ出る。

 ああ。そういえばあたし。あいつらの事、割と嫌いじゃなかったんだ。

 一緒にご飯食べて、たまに本の話で盛り上がって、恋の話とかして。

 なんとなく、初めて友達ができたような気がしてた。


 なのに、殺しちゃったんだ。 


「あたしは、魔女。……異端の、魔女」


 夢じゃない現実を呟く。あの二人は、死んだ。

 他の、何も知らない奴らも。

 

 あたしが殺した。

 

 自分で背負った責任に、押し潰されそうになる。だから無理やり前を向く。悔いはしない。許しは乞わない。踏みにじった分先に進む。

 そう決めたのは自分だから。


「行こ、アイラ」


 振り向かないで歩き出す。二度と迷わないように。二度と忘れないように。

 夕暮れの空を舞う番いの鳥に、もう居ない誰かを重ねてみたりする。


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