問題児を集めた孤児院院長の僕、やむにやまれぬ事情で誰にも告げずに出奔した結果、みんな病む勢いで僕を探し始める

クー(宮出礼助)

第1話 始まり

1.


 鳥も寝静まる深夜。王都セントレアの一角に、古いけれど手入れの行き届いた白塗りの孤児院があった。敷地を囲う低い壁の内に子どもたちが遊ぶグラウンドや遊具があり、また日々の糧を生み出す自家菜園もある。


 僕――ダイヤ・サウスルイスは、孤児院のドアから出てすぐのところで、思い出深いこの場所を見渡している。


 ――ああ。思えばよくここまで来ることができた。


 かつての僕は戦いに明け暮れ、人の命を奪うことばかり得意になって、そして次第に心も体も衰弱していった。あのまま戦いの中で死んでしまったっていいと、そんなことまで思ったものだ。


 だが、それがいまやどうか。


 僕はひどく血にまみれていたこの手で、親のない子どもを守り育てる、そんな施設を作った。はじめは慣れないことばかりで、子どもに懐かれず、家事はままならず、資金繰りにも困って。


 けれど次第に、僕たちはうまくいくようになった。できるだけ子どもに好かれるように頑張ったし、そこそこ大きな子どもたちは色々な用事を手伝ってくれるようになり、きちんと孤児院としての体を為すようになった。


 そして、僕は院長として、そんな子どもたちの成長を日々見守り、時に自分も成長しながらここまでやってきたのだ。


 何度も素人改修を施した孤児院を見上げて、僕は思わず感無量になる。孤児院も、そこに住む子どもたちも、昔からは考えられないほど立派になった。


 ――寂しいけれど、今はもう、僕一人がいなくなっても大丈夫さ。


 僕は感傷に浸りながらゆっくりと足を動かす。


 何度もみんなと遊んだグラウンドには、昼間片づけ忘れたらしいボールが転がっている。すぐそばの畑では、もうじき収穫を迎える野菜が瑞々しい葉を晒していた。


 そして、敷地の外へつながる門。これだけはどうしてもちゃんとしたものを作りたくて、王都の職人に何度か注文を言った。敷地を出て振り返ると、『サウスルイス孤児院』という大きな文字が掲げられている。


 ――この孤児院は、ちゃんとみんなの家になれたかな。安心できる居場所になれていたら、ここまで頑張ってきた甲斐があるってもんだ。


 僕は見納めと言わんばかりに、しばらく門の向こうの孤児院を眺める。そうして脳裏にその姿をしっかり焼き付けると、やがて前へと向き直り、暗闇に沈む道へと足を踏み出した。


 もう未練は断ち切ったと、後ろを振り返ることはしない。ここへは二度と戻ってこられない覚悟をもって、僕はこの日、最愛の子どもたちが暮らすサウスルイス孤児院を出奔した。


 月明かりが微かに照らす道は、僕の前途を祝福しているのか、それとも――。


 ――――――あふれだしそうな感情を胸に、すべてを堪えて足を進める僕は、この時まだ気が付いていない。僕の後ろを、孤児院から抜け出した影がこっそりとついてきていることに……――――――


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