俺が聖女で、あの子が勇者で

耕平

第1話

 噎せ返る血の匂い、耳障りな悲鳴、激痛を通り越して何も感じない身体。

 辛うじて動く目で、探すのは。大好きだった、あの子で。

 助かっていてくれと願ったのに、霞む視界に映る血塗れの髪飾りは、確かにあの子のものだった。誕生日のプレゼントだと、言っていた、青とピンクの小花の髪飾り。拉げ、幾つか花が取れ、淡い色は赤黒く染まっている。

 その髪飾りに手を伸ばそうとしたが、やはり身体は動かない。声も涙も出なかった。

 閉じていく。視界が、昏く、暗く、闇く。意識が、自分が、塗り潰されていく。

 唯一つ、あの子を助けることが出来なかった。

 その事実だけを抱えながら。







 俺は、死んだ。










 目が、覚める。

 と、同時に。自分は、寝ていたのだったか。今は何時かと、考えかけて「えっ」と間抜けな声が出た。

 何故なら、自分は確かに『目を覚ました』が、それはいつものベッドの上ではなかったからだ。ベッドの上どころか、横にすらなってはいなかった。立ったままの状態で覚醒した意識に驚き、一歩下がればそのまま後ろへと転倒する。

「痛っ!」

 臀部に走る衝撃が、これが夢ではないのだと主張する。

 白い部屋だった。いや、部屋というべきなのか。天井も壁すら見えぬ。では、外なのかと問われても、空や山も見えぬので、外とも言えない。ただ、床は白く硬かった。材質は、分からないが。木でも石でもプラスチックですらない気はする。つるりと滑らかで、冷たく、漂白剤をぶち撒けたかの様に白い床を軽く叩けば、小気味良い音が響いた。

「大丈夫ですか?」

 その声に、心臓が跳ねる。顔を上げれば、心配そうに俺を覗き込む顔。細い腕が、俺に向かって差し伸べられていた。

 あの子だった。

 「ひゃい、らいじょうぶれす」と、回らない舌で返し、素早く立ち上がる。手は、握らなかった。

 握られなかった手を静かに戻すあの子に、悪い事をしたかと思ったが、時間が巻き戻っても握れる気はしなかったので、これでいいのだ。少しの罪悪感を誤魔化すように視線を反らすと、あの子の他に立っている人影に気付く。

「ようこそ、我が子等よ」

 RPGゲームでしか見た事の無いような、白い布を纏い、杖を持った女性だった。The女神といった出で立ちである。10人中10人が女神と答えそうな姿をした女性が、俺達に手を翳す。すると、俺達の身体が淡く光った。

 なるほど、夢だ。さっき尻が痛くて夢じゃないと思ったが、これは流石に夢だ。夢でも痛み感じるって聞くし。異世界転生もの小説とか漫画とかゲームのせいに違いない。

「貴方達は、死にました」

「突然!!」

 突然の死。確かに異世界転生ものってトラ転が有名だし、死ぬのがプロローグっていう感じだけど。

「丁度、トラックにはねられて亡くなった77777人目の人間でしたので、折角ですから人界で流行っている異世界転生とやらを実際に行ってみようと神界会議で決まりまして」

「そんな、来店何人目みたいな感じなの!?」

「しかも、都合の良いことに若い男女が同時にはねられたので、勇者と聖女の加護を付与しました」

「都合が良いって言っちゃったよ!!」

 夢にしたって雑過ぎないか。俺って、こんなに頭悪かったか。光がおさまると「ステータスオープンと唱えなさい」と女神が促す。もう、どうにでもなれという気持ちで俺は「ステータスオープン」と唱えた。

『名前:葦垣 肇(アシガキ ハジメ)

 性別:閨匁擶繧呈戟縺」縺溽塙諤ァ

 年齢:二十八歳

 スキル:聖魔法・弱、回復魔法・弱、低級ポーション生成

 加護:聖女』

「は?」

 変な声が漏れた。思わず、あの子が出しているステータスを見る。あの子も俺の方を見ていた。

『名前:天堀 優雨(アマホリ ユウ)

 性別:閨門殴繧呈怏縺励◆螂ウ諤ァ

 年齢:二十六歳

 スキル:片手剣・弱、盾・弱、全属性魔法・弱

 加護:勇者』

「いや、逆ぅーーーーー!!私達の加護、入れ替わってる〜!じゃないんだよ!!入れ替わっちゃ駄目だろ!!戻して!?戻してよぉ!!しかも、なんか性別のとこ文字化けしてるし!怖いんだけど!?ホラーじゃん!?急なホラーは心臓に悪いので辞めてくださいお願いしますトイレ行けなくなるんで!!なんでこんなことになったんですかねぇ!?明日までに考えておいてください!!」

「どうかなさいましたか」

「どうかなさいましたかじゃねぇんだよ!女神様の御力で別方面にメガ進化してるんですけど!?ここから入れる保険があるんですか!?」

 首を傾げた女神が、俺達のステータスを見て、更に首を傾げ…そのまま首が一回転する。いや、フクロウじゃないんだから。普通に怖いし。

「おかしいですね…いや、もしかして」

 女神は、口元に手を当て長考し、ふと顔を上げ徐ろに俺に近付くと、そのままズボンをずり下ろした。

「キャァァァアアアッ!!!!」

 絹を割くとは、程遠い悲鳴が上がる。そんな俺の様子を気にすることなく、女神は俺の股間を凝視している。ちっか。

「ふぅ、やはりそうでしたか」

 なにがよ。大きさか?俺の息子の大きさの話か?てか、股間に息が当たるんだけど、なにこれ。女神って痴女なの。

 下を向けず、前を向き、意識を飛ばす。遠くの景色でも見ようかと思ったが、相も変わらず白い景色が続いていた。

 女神が、離れると同時に、俺は急いでズボンを上げる。だが、ベルトが千切れ、ボタンが吹っ飛んでいたので、仕方なくズボンをおさえた間抜けな格好になってしまった。

 若干涙目で女神を睨み付けるが、女神は既にあの子の前へ移動していた。おいおいまさか嘘だよなそんなこと


 ズルンッ――――


「何やってんだお前ええええええええ!!!!!!」

 あの子は、スカートだった。だが、そんなことお構いなしに女神はスカートの中に手を突っ込むと、あの子の下着を下ろし、スカートを捲ったのだ。下着は、可愛らしいピンクのフリフリだった。

「お前えええ!!!!!だめだろ!!!!それは駄目だろ!!!!!!神でもなんでもやっていいことと駄目なことがあるだろ!!!!!!いや、男にもやっちゃだめだけど!!!!!!女性ですよ!!!??しかも、男が居る目の前で!!!!?そんなことするやつが居ますか!!!?いや、ここに居るんだけども!!!!!不敬覚悟、天罰覚悟で言わせてくれる!!!????ヴァーーーーッカじゃねぇの!!!???」

「落ち着きなさい。我が子よ」

「落ち着いてられるか、これが!!!!!100パーセントあんたのせいだからね!!???わかってる??????」

「その娘のそこを見なさい。見覚えが、あるはずですが?」

「見ろって????見ろって言った????死んでも犯罪者になるのはごめんだが?????いや、もう死んでんだけどよ!!!!」

「見ろ」

「あぎゃぁぁぉぁあああああ!!!!!!ヒトデナシぃ!!!あくまぁ!!!!!!去れサタン!!!!!!私は性欲には屈しないいいいいいい!!!!!!」

 女神に頭を掴まれ、あの子の股間へと顔を無理矢理近付けられる。絵面が最悪である。見るものかと固く目を閉じると、女神が俺の目を抉じ開けようとしてきた。ギチギチ言ってる。今なら瞬きで弾丸止められそう。

「絶対、見ないぞ!!!!!」

「そうですか。ならば、感じて貰うまでです」

 ぐいっと、女神が俺の頭を押す。なんてことしやがるこのクソアマ。このままでは、俺の顔面はあの子の股間に押し付けられてしまう。そんな幸せな…じゃない、そんな犯罪的な行為は絶対に阻止しなければ。だが、目を開けることは出来ず、女神の力は強い。

 そして、俺の顔は、抵抗虚しく、硬いものへと押し当てられた。

 ん?硬いもの…?

「きゃぁぁぁあああああああっ!!!!!」

「ぎゃぁぁぁぁああああああああああっっ!!!!!!」


 そこには、慣れ親しんだ我が息子の姿があった。

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