Buggy

ハクセキ レイ

赤き果実の禍根 「えっ、私が単独任務⁉」1

うるさ……



大通りに面するカフェの窓際で、抗議デモを眺めていた。


『無能力者に対する差別反対』

『我々は魔力が使えないだけで障害者ではない』

『給料が安すぎる! もっと補助金を出せ』

『ノーマティを大切に』


……なんともまぁ、気持ち悪いプラカードだな。

そんな物を持ちながら、喚いている群れ達が我が物顔で歩道を練り歩く。


夏真っ盛り、炎天下の中良くやるもんだ。


魔力も持ち、それを使えるのが当たり前のこの世界。

特殊能力者、獣人や怪人、亜人と呼ばれる者達、魔力を持った人間。

総じて彼等は「アビリティ」と呼ばれ、魔力を持たない人間は「ノーマティ」と呼ばれていた。


ノーマティは体や精神に問題が無くとも、魔力が使えない事による日常的障害がある故に障がい者扱いをされている。

給料が安く、周りから酷い扱いを受ける事が多い。肩身がとても狭い人種だ。


本来なら私自身も、あのデモに加わるべき当事者で在ろう事ながら「うるせー。周囲に騒音をまき散らすなよ。迷惑だし、どうでも良い」なんて他人事のような言葉が口から出そうになる。

そう思ってしまうのは、自分の周りにイイ人が集まってて、環境に恵まれているからだろうな。なんて考えつつ、アイスコーヒーを飲み干した。


デモ隊は歩みを止めない。

どこに向かって進行しているのかは知らないが、ぞろぞろと声を荒げながら歩いてるのは姿はさながら群れて蠢く芋虫にも見える。


クーラーの涼しい風に当たりながら、ボーッと彼等を見ているのは案外退屈しない。でも……あれ?そう言えば、今って…………何時だろう。

腕時計をチラリと確認する。約束していた時間が近付いていた。

これ以上はダラケてはいられない。

目的地に行くためにカフェから外に出た。


今日は久々に本業の任務があると上司から連絡が来ている。

どんな依頼が来ているんだろうと胸を弾ませる。


テンションが上がりすぎて、バイト先のパン屋で作ったドーナツを手土産にして、組織のある建物へ向かった。


繁華街から少し抜けた先にある寂れたビルの地下にそれはある。

我らが組織「世界均衡秘密結社 ラウラス」の暗殺部隊が利用する部屋が。


いつもの如く自分が集まるのの最後かも考えながら、手持ちの鍵で中に入る。

「あれ?」


今日……だったよね?


ポツリと呟き、メールを確認する。


うん。今日だ。でも人が少ない。いつもなら私が来るの最後なのに。早く着きすぎちゃったのかな?


辺りを見渡し、もう一度集合時間を確認する。数分前行動は出来ている。打合せ無しに先に任務に向かったとは考えにくい。

今日のこの場所この時間なのも間違いない。

それにココは殺風景な部屋だ。今、この空間に誰が居るかなんてすぐに分かる。


私と隊長と空釣りさんだけだ。

「豚と兎は?」

ソファーに寝転がっている隊長の上に座りながら問い掛ける。

グェとヒキガエルのような声がした気がするが、気にしない。

二人とも寝坊か、遅刻か。

普段なら私よりも早く来てるのに。

「集合時刻まであと五分。会議の前に皆でおやつ食べようと思って折角ドーナツ持ってきたのに」

箱を開けてイチゴドーナツを取り出す。待っている間にひとつ食べようかと口を開けた瞬間、隊長が私を無視する様に起き上がった。


「重い。退けろシーカー」

女性に対して言って良いことと悪いことがあるんじゃないかと、文句を言おうとしたが言っても無意味だろうと諦めた。


「ヨイショっと。今日はお前だけだ」

ソファーに深く座り直した隊長は続ける。

「喜べ。今回の任務は、お前単体の任務だ」

「私、単体の……」


 ?


「えっ、えっ、本当にぃ⁉」

隊長が頷く。

「よっっっっっっしゃあ‼‼‼‼‼‼‼‼」

思いきりガッツポーズをしてしまった。


「っあー! 嬉しい! ソロって大変っスけど指示が無いから殺り易くて好き!」

この組織に入って七年。ソロなんて片手で数えるくらいしかやらせてもらっていなかった。


「シーカーちゃん天才で最強ですもんね! 有能なシーカーちゃんなら大丈夫って思ってくれたんですよね! 私嬉しいです! バリバリ殺しちゃいますよ! で、今回のターゲットって誰なんですか? 裏組織の人? 大物俳優? もしかしてお偉いさん?」

嬉しくて跳び跳ねる。


それとは対照的に隊長は怠そうな表情のまま言う。

「あ、いや、暗殺じゃない。潜入調査だ」

その言葉に、嬉しさのボルテージが一気に下がった。



「え」



マジ無いわ。


急にどうでも良くなって、隊長と対面する方のソファーに無造作に座った。

「あの……ですね。え?いや、…………冗談?」

眉間に皺が寄る。

「隊長、私は隊長の部下で、ここは暗殺部隊ですよね?」

タンタンタンと苛立ちを抑える為に足音を鳴らした。


今までの任務を思い出してみる。戦闘部隊との合同は分かる。

よく一緒に殺っているし。

潜入部隊との仕事も一応分かる。

一度だけやったことがあったから。


でも、私「が」潜入調査?なんで。


「あ、あー! そうか、潜入調査からの敵組織トップの暗殺! そうでしょ!シーカーちゃんは天才的に最強ですもんね! そうじゃなきゃ私にそんな依頼来るはずない。潜入部隊とコンビ組んでやったことあるし、それの応用編的な? あの時はミスしまくったけど……ど、どうにかなったし、それを見込んで……とか…………?」

頼むからそうだと言ってくれ。

「いや、そうじゃない。『潜入捜査』だ。今回、殺しは最終手段であって、殺すのは極力避けるように。と上層部から伝えられている」


暗殺が本業のモノに暗殺するなと?


「…………じゃあやっぱり何でなんですか? それ、私じゃなくても良くないですか? 納得いかないし理解不能です。私、自称天才的で最強な私ですが、ここで学んだ殺戮スキル以外、全くと言って良いほど無能な能無しのノーマティなんですよ? 分かってますよね?」

隊長は面倒くさそうに大きくため息をつく。

「……それが偉い偉い上層部様からのご指名だからだ」

「上層部からの指名?」

直々のな。と隊長は付け加えた。


うんうん。成る程?

「そうでしたかー。上層部から。……って、それで納得しろって言われても無理なものは無理です!」

ダンッとテーブルを叩く。割れるくらいの大きく強い音がした。しまった、熱くなり過ぎた。冷静に、冷静に……


「納得、いきません。……ただの潜入調査なら担当の部署の人かやったら良いでしょ。てか、本当に意味分からないしっ!」

大きく一呼吸する。 

「そりゃあね、わざわざ超底辺な位に居る金の卵であるシーカーちゃんを指名してくれたのは大変光栄的です。超ハッピーです。ですけど、人選が完璧なるミスですよね。その人節穴では?」

隊長は何も言わず、ただ薄ら笑んでいる。

「私、そう言うの苦手だって前々から言ってましたよね? さっきも言ったけど、潜入部隊とコンビ組んだとき私ミスしまくったの、隊長も知ってるじゃないですか。何で私なんですか」

冷静になりきれず、納得行かなくて責め立ててしまう。

「なんだ。怖いのか?」

ハッと鼻で嗤いながら、隊長は浅く座り直し手を組んだ。

「さっきからでもでもだってって。子供かお前は。あっちにだって意図があるんだろうさ。それに何も言わずに上からの命令聞いときゃ何も問題無いんだから、そうしてろ」


これだから隊長は……

苛立ちが募る。


「そりゃ怖いって言うか……嫌ですよ。嫌です! 苦手な、不得意な仕事だし、この業界で失敗なんて絶対に絶対に許されない。それにきっとこの任務、私は失敗する。前回と同じ過ちをするつもりは毛頭に無いですけど、得手不得手は存在しますし、きっと私は処分される。処分されるのが怖いって訳じゃないです。そうじゃない。そうじゃないけど……っ! だって潜入の能なんて全く無い無能だし、自信はあまり……」

自分で言ってて悲しくなる。

「……だから、私を指名した上層部の人は人を選ぶセンスがないか、才能の持ち腐れが惜しくないか、脳みそが腐って」る人なんじゃないですか。最悪です。と言いかけた時、コンコンとドアをノックする音がした。返事も待たずに開錠され、人影が入ってくる。



「やっほー」


彼は手をヒラヒラと振りながら、明るい声でそう言った。

金髪のオールバック。目の傷を隠すようにどこに居ても外さないグラサン、背中の翼。スーツ。身長の高さと相まってさながら天使っぽいヤクザに見える。

「どもども。いやー、ここはいつ来ても薄暗いね。あ、俺サングラスしてるんだった」

面白くもないジョークを言いながら此方に歩いてくる。

「あの……何しに来たんですかKさん。今、私たち大切な話の最中だったんですけど」

用事が無いならさっさと自分の職場に戻れと睨む。

「そうそう。その話。どこまで話進んだかなーって見に来たの。どうせシーカーの事だから駄々こねてたんでしょ隊長」


ニッとKさんは微笑んだ。

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