第六話:宇宙猫とお姫様①



 蓬莱院リオにとって世界というのはモノクロだった。



 世界でも屈指の財閥の一つ、蓬莱院財閥の一人娘。

 多くの人が羨ましく思う生まれ、事実として何一つ不自由なく生きてきたという経験。



 だとしてもリオにとって世界はモノクロだった。



 だからこそ、



「おい! こいつで間違いないんだろうな!?」


「ああ、間違いない! ひひっ、あの蓬莱院のお嬢様だ。俺たちには運がついているぜ!」



 あの胸糞の悪い美術館から抜け出て帰ろうとしたところ、現れたミニバン、そして中から現れ三人の目出し帽の男に強引に連れ去られた時もどこか現実感がなかった。

 まるでPCの画面の向こう側のような出来事で――


「それでどうするんでかい? これから」


「上手く誘拐出来たからな、連中に売っておさらばよ」


「えー、勿体ねーな。へへっ、普段からいいもん食べてるんだろうよ。お嬢様らしくさ」


「むぐぅううう〜〜!?」


「ふひひ、大財閥のお嬢様なんてさぁ。滅多に関われるもんじゃないし――なぁ?」


 目出し帽のせいで目や口ぐらいしかわからないというのに、それでもハッキリとわかるほど明確に肌身に刺さる下卑な視線。

 乱暴に手足を拘束され後部座席に放り投げられ、スカートざ乱れ露わになっているリオの白い太腿に向けられている。


 その事実にゾッとし怖気がリオに奔った。


 人として、いや女として最低な辱めを受ける未来図。


「馬鹿っ! やめろ、そいつは商品だぞ!? 五億を不意にする気か!? お手付き話だ!」


「でも、よう……」


「折角、運がむいてきたんだ! 変に受け渡した後で難癖をつけられて減額されたくねぇ。溜まってるってんなら、報酬で高給キャバクラでハシゴでもしようぜ! だから、な、!?」


「っち、わかったよ」


 そうして離れていく誘拐犯の一人の手。

 それにリオはホッと一息つくも、あくまで今の危機が去ったところで依頼人らしき相手にどんな扱いを受けるかは未知数だ。


 単に金目当てに人質として蓬莱院を脅すだけならともかく、復讐目的だった場合は総裁の娘であるリオを嬲ったり辱めるという手段を取る可能性も捨てきれない。



 頭に過った可能性に恐怖で思わず身を震わせた――そんな瞬間、



「……っ!?」



 視界に飛び込んできた場違いな存在に気付き、リオは思わず目を瞬かせた。



(…………猫?)



 そこには白い猫が一匹、隠れるようにちょこんと座っていた。



                    ◆



「もっと飛ばしてー! ほら、頑張るのー! 次の交差点を右!」


「わかってるっての! ああ、もう畜生! これでも全力で漕いでるっての!」


「だから、原付買っておけっていったじゃん!」


「それってお前が俺を足に使いたいだけだろうが! っていうか原付の二ケツはアウトだから! いや、そもそも自転車でも……」


「リオ様の身より大事なものがあるかー!」


「あー、はいはい! そうですね! 美少女の危機ですからねー……飛ばすぞ!」



 蓬莱院リオの誘拐事件。

 そんな話を念話で聞いてあっさりとすぐに二人が信じたのは、それなりの時間を過ごした結果だろう。

 エイブラハムは嘘というものが苦手なの知っていたし内容が内容だ、こんな冗談を言う性格ではない。


 ということはそれは事実ということになるのだが、当然のことのように紫苑は飛び出し弌華は慌ててそれを追いかけながらエイブラハムへと詳しい内容を問いただした。


 曰く、スタッフの手によって一室に預けられていたエイブラハムであったがあまりの動きの無さに大人しい子だと思ったのか、目を離して別の仕事をやり始めたのでその隙を突いて部屋から抜け出し美術館内を少しうろついていたらしい。


 その時に彼女を――蓬莱院リオを見つけたらしい。


 私服で印象が違っていたとのことだが紫苑の魔法によって何度となく見せられ、姿を見たことのあるエイブラハムは一発で彼女と分かったとか。


 ――『報告。裏手の入り口の方から帰る所であった。そこでイチカとシオンたちに連絡を取ろうとしたところ――彼らが現れた』


 裏手の入り口から出て敷地の外の道路に出た瞬間、リオの近くに迫った急停車した黒のミニバン。

 ドアが開いたかと思うと出て来た三人の目出し帽に襲われ、無理矢理に中に連れ込まれてしまったという。



 まるでドラマのような展開だ、と弌華は思った。

 問題はこれがドラマではないということだが……。



 そして、ここまではいい……いや、良くはないのだが。

 何故、蓬莱院リオの拉致なのにエイブラハムが巻き込まれ、あまつさえ一緒の車の中に入っているのかといえば――



 ――『謝罪。咄嗟に何とかしようと飛びついたはいいものの、我は今ほとんど力なかったのを失念していた』



 つまりはそういうことらしい。

 色々と特別で多少は力が使えるとはいえ、現状ではただの子猫の力しかないエイブラハム。

 犯人の一人の服に飛びついたはいいものの、まるで何も出来ずに……というか何なら気付くことさえされずに車の中に一緒に引きづり込まれてしまい、今はひっそりと息を殺して潜伏しているところで……あの救助要請だったとか。



「し……っかし、まさかエーヴィが助けようとするとはな。まぁ、いいことだとは思うけどさ」


『疑問。どういうことだ?』


「いや、何というかエーヴィにとっては蓬莱院リオはただの他人だろう? それを咄嗟に助けようとするなんて……」


「はぁあああっ!? わかってないなー、お前! それはな、ボクの布教が聞いてリオ様の魅力に気付いたんだよエーくんは! そして、我が身を捧げても助けたいという信仰心から来るもので……わかる! わかるよ、ボクにはわかって――」



『否定。いや、違うが』


「違うんかい!!」



 紫苑の妄言を切って捨てるエイブラハム。



『回答。我にとって特別なのはイチカとシオンだけだ。それ以外の原生生命体の人間に特段の興味はない。ただ――』


「ただ?」


『――シオンにとって、友人にとって蓬莱院リオという存在が大切な存在であるのは理解している。……我が望むのは平穏。平穏の中に友人の悲劇は不要』




「「…………」」




 一瞬押し黙った弌華と紫苑。

 そして、すぐに喋り始めた。


「これはデレかな?」


「デレだと思う」


「宇宙猫のデレ、頂きましたー!」


「完全に人外生命体からのデレからしか供給できない栄養素がある」


『否定。デレてないが?』


「デレという概念を理解する宇宙猫」


「文化を汚染がひどい。まあ、やったの俺たちだけど。……それで? 今、どこら辺だ」


 そんな軽口を叩きつつも、弌華はエイブラハムに問いかけた。

 リオを誘拐した車を後から追えているのはエイブラハムが中から外の様子を伺って現在地を教えてくれるからだ。

 外からはスモークになっていて中の様子は見えないようになっていたが、中からは外の様子は見えるらしい。

 なので見えた光景から目立つ建物や看板などを報告して貰い、


「えっと、この道をこう行ってるはずだから進路的には……よし! そこの角を左に行って一気にショートカットしてそしたら追いつけるはず!」


 片手を弌華の腰に回しつつ、もう片方の手だけで器用に携帯情報端末を操って地図を操作している紫苑がナビゲートをする。

 その手法で二人は追いかけることに成功していた。


「はぁはぁ……き、キツイ」


「ええい、頑張れ頑張れ! エーくんからの報告から考えるとこの先の歩車分離の交差点で捕まって――居たー!」


 紫苑が絶叫し、弌華が疲労から下に向きそうだった顔を無理矢理上げるとそこには確かに黒いミニバンが信号待ちしていた。


「よっしゃー! 何とか追いついたー! あいつら追われていることにも気づいてないからゆっくりしていて助かったー!」


「まあ、に連絡する暇もなかったからな。……いや、そもそも根拠がエイブラハムとの念話だけだから通報も出来なかったわけだけどさ。しかし、これからどうする? 今からでも通報するか?」


「でも、下手に大事になったらリオ様たちが何をされるか……」


「それは……まあそうだな」


 弌華は考える。

 確かに普通に考えればただの一般人の出る幕ではない、通報して何とかして貰うのが正しいのはわかっている。


 わかっている、が。



「しょうがない、美少女と友達の命がかかって居るんだ。腹を括るかぁ」


「まるで主人公みたいだ……似合わねぇ」


「……ピンチを助けるわけだし、成功した暁にはほっぺにチューぐらいは期待してもいいと思うか?」


「は? リオ様の唇とか畏れ多すぎだろ? ……ボクので我慢しろ」







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