潔く死んでくれ

@2017321

第1話「【異能アプリ】」

誰かが楽しそうに噂していた。

「願いを叶えさせてくれるアプリの存在」を。

誰かが血を吐き言った。

「私には、叶えたい…いや、叶えなきゃいけない願いがある」と。

誰かが、俺に手を差し伸べて名乗った。

「私の名は――」

***

俺の名前は識知しきち 誤あやま。名前以外は、至って平凡な高校二年生だ。

俺が通っている高校は、地域ではそれなりな進学校である「快晴高校かいせいこうこう」だ。

なんでも七〇年以上の歴史がある学校らしいけど、正直どうでもいい。

俺はどうせこのまま何も成さず、何にもなれず、平々凡々に生きて平々凡々に死ぬ。

小学生や中学生だった頃の夢なんかもう忘れたし、思い出そうとも思わない。

今朝も憂鬱な気分で幼馴染に起こされ、着替え、飯を腹に詰めて家を出る。

登校中にはスマホで時間を潰しつつ、幼馴染の話に相槌をうつ。

学校に着けばぼんやりとした気持ちで授業を流し、昼休みには友人数人と弁当を食べる。

そんな日々だ。

そんな日々だった。

違和感は微かにあった。

クラスの委員長が、その日は珍しく休んでいた。

「あれ、今日は橘休みか?連絡もらってないけどなぁ」

朝のHRで、出席簿と委員長の席を見比べながら担任が言った。

その時は「珍しいこともあるもんだ」なんて思っていた。

翌日も、そのまた翌日も、橘は学校に来なかった。

普段真面目なヤツだっただけに、そうなればある事無い事吹聴する奴もいるし、噂にもなる。

委員長であり生粋の優等生、橘たちばな 香織かおりが無断欠席を三日ほど続けた頃だった。

「えー、皆さん。既に知っている方もいるかもしれませんが…」

一家心中だったそうだ。学校の職員が家に訪問したところ、両親のものと一緒に、橘の遺体が発見されたそうだ。

その日、俺のクラスは学級単位で早退となった。

「……」

いつもは賑やかな幼馴染も、流石に今日は静かだった。

俺は帰宅してすぐにベッドへ倒れこみ、仰向けになってスマホの通知を確認する。

「話したい」

表示された通知は、つい先ほどまで一緒にいた幼馴染からだった。

「今日は、気が乗らないな」

誰に向けてもいない言葉を呟き、俺はスマホの電源を落とした。

翌朝。

珍しく俺を起こしに来なかった幼馴染のお陰で遅刻しそうになった俺は、内心で悪態をつきながら、閉じかけた校門に駆け込んだ。

幼馴染は無断欠席だった。

担任にも、同級生にも、そして俺にも、全員に嫌な予感が走った。

その日の授業は、全く頭に入ってこなかった。

そして、気付いた時には、俺は幼馴染の家のドアの前に立っていた。

息も絶え絶えで、脚が若干の痛みを訴えていて、汗が止まらない。

鍵穴に合鍵を差し込んで回す。

鍵は開いていた。

力任せにドアを開け、土足のまま屋内へ駆け込む。

物心つく前から知っている家だ。間取りは全て知っている。

鼻を刺す妙な臭いを勘違いだと断じ、もつれる脚に苛立ちを感じながら幼馴染の私室のドアのノブを回す。

やはり、鍵は開いていた。

「桜‼」

随分久しぶりに、幼馴染の名を呼んだ。

小学校の卒業式以来だったか、名前で呼んだのは。

「ああ、あぁぁぁ——」

小学校の頃からお前は、いつも笑っていて。時々見せる辛そうな表情も、俺や両親を困らせまいとすぐにまた笑顔を浮かべて。

お前は俺が辛かった時、何も言わずに寄り添ってくれて。

だから俺も「いつかお前を助けられたら」って。そう、思っていたのに。

「なんで、こんな……」

幼馴染は、死んでいた。

春日はるのひ 桜さくら。俺の幼馴染で、いつも笑顔で皆の事を思っている、そんな奴だった。

クラスの男子からはモテていたが、それでも彼氏を作らずに俺と一緒に居てくれた。

そんな幼馴染が、死んだ。

「ねえ、誤(あやま)君大丈夫かな」

「きついだろ……。桜までいなくなったらあいつ、いよいよ天涯孤独だぜ?」

同級生が何やら言っているがどうでも良い。

鞄を肩にかけ、誰とも喋らずに一人で帰路につく。

電車内でも、学校内でも、家の中でも、寝ている時でさえ、桜の笑顔が脳裏を過る。

あの日、なんで俺はアイツと、桜と話すことを億劫に思ったんだ。

俺はアイツがいなきゃ、こんなに孤独じゃないか。

【アプリをインストールしました】

気分転換のつもりでネットで都市伝説の記事を眺めていると、唐突にそんな通知が鳴った。

【あなた様には、異能力が与えられます】

「何だ、これ……?」

突然鳴り出したスマホをシャットダウンするが、尚も爆音で通知は続く。

【与えられた異能力を駆使し、願いを叶える権利を勝ち取りましょう!】

明らかに、企業が用意した音声じゃない。

そう思った俺は、ふと周囲が気になった。

こんなに大きな音が響けば、大抵の場合は白い視線を向けられるが、今日はそれを感じない。

スマホからの音が鳴りやんだのを確認し、俺は恐る恐るあたりを見回した。

誰一人、こちらを見ていなかった。

「聞こえて、ないのか?」

思わず呟くと、隣のサラリーマンが嫌そうな顔をした。

先程の通知音?が聞こえていれば、この人はこんな顔をしただろう。

なら、やっぱり俺以外には聞こえていなかったのか?

俺は家の最寄り駅で逃げるように電車から降り、走って自分の家に辿り着く。

息を整えながら、さっきの出来事を整理しようとスマホを起動する。

「ある。本当に……。変なアプリが」

殺風景なスマホの待ち受けには、『異能アプリ』と表記されている、謎のアプリがインストールされていた。

気付けば、俺はそのアプリを起動していた。

心の中で、必死に引き留める理性を無視して。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る